北海道大学低温科学研究所のヨウ?シゴウ氏、高林厚史助教、田中亮一教授、神戸大学大学院理学研究科の秋本誠志教授、基礎生物学研究所環境光生物学研究部門の横野牧生准教授、森林総合研究所の北尾光俊主任研究員らの研究グループは、冬季の常緑針葉樹ではELIPとよばれる葉緑体タンパク質が大量に蓄積し、光エネルギーを熱として放散する過程に関わることを明らかにしました。
冬季の寒冷圏の常緑樹は吸収した光のエネルギーの大半を熱として放散しており、実質的に光合成を行っていないことは知られていましたが、その仕組みは明らかではありませんでした。研究グループは常緑針葉樹の一種であるイチイを研究材料とし、ピコ秒単位(注:ピコ秒は1秒の1兆分の1の時間)での蛍光の測定、一年を通しての遺伝子の発現、光合成タンパク質及び光合成色素の量の測定、タンパク質の構造予測などの解析を複合的に組み合わせることによって、ELIPがこの仕組みにおいて重要であることを示しました。これらの結果をもとに、冬季の寒冷圏の常緑樹は、集光タンパク質が吸収したELIPを介して光エネルギーを熱に変換し、放散することで、活性酸素の生成を抑制し、葉緑体のタンパク質を保護することで葉の緑色を維持する、という新たな仮説を提唱しました。この仮説は2006年にアメリカで提唱された仮説をさらに発展させたものです。
なお、本研究成果は、2024年11月22日(金)公開のJournal of Experimental Botany誌に掲載されました。
ポイント
- 冬季の常緑針葉樹が光化学系の集光タンパク質で光エネルギーを熱として放散していることを発見。
- ELIPとよばれるタンパク質が冬季の葉緑体に大量に蓄積していることを発見。
- ELIPを介したエネルギー変換が活性酸素の生成を抑制し、葉の緑色を維持するという仮説を提唱。
背景
北海道などの寒冷圏では常緑針葉樹林がよく見られ、0度を下回るような気温でも葉の緑色を維持しています。しかし、これまでに知られている植物の光合成の仕組みにおいては、低温下での葉の緑色の維持は非常に難しいと考えられてきました。低温下での光合成は細胞傷害を引き起こす活性酸素の発生を伴うと考えられているからです。一方、寒冷圏の常緑針葉樹は、低温下において光化学系の集光タンパク質の葉緑素(クロロフィル)が吸収した光エネルギーを熱に変換して放散し、冬季の光合成の活性を抑制することで、活性酸素の発生を防ぐ仕組みを持つのではないかと考えられてきましたが、その仕組みはこれまで不明でした。
この仕組みについては、先行研究によって、数多くの仮説が提唱されてきました。中でも有力なのは、光合成を担うタンパク質複合体の一つである光化学系2において、中心部分に位置するタンパク質が分解されることによって、光合成の活性が抑えられるという「光阻害仮説」です。さらに、光化学系2から光化学系1へと直接エネルギーを移動させ、光化学系1でそのエネルギーを熱に変えてしまうという「スピルオーバー仮説」なども提唱されていました。さらに、2006年にZarterらはELIPとよばれる葉緑体タンパク質が関与するという仮説を提唱しましたが(C. Ryan Zarter et al., New Phytologist 172: 272-282 (2006))、定量的?複合的な証拠がなかったために、2006年以降は言及されることは稀でした。
研究手法
研究グループは、常緑樹の一種であるイチイを材料に、数年間にわたって、光合成活性の測定、遺伝子発現解析、タンパク質及び光合成色素の変動解析などの定量的な解析を多角的に行いました。また、時間相関単一光子計数法という手法を用いて、ピコ秒(注:ピコ秒は1秒の1兆分の1の時間単位)という非常に短い時間でクロロフィルから出る蛍光を分析し、光化学系内部でのエネルギーの移動を解析しました。さらに、上述のELIPの構造予測を行った結果、このタンパク質が光化学系のタンパク質と類似した構造を持ち、光合成色素を結合すると考えられました。
研究成果
時間相関単一光子計数法の結果から、冬季のイチイにおいては、スピルオーバー仮説にあてはまるような現象(光化学系2から光化学系1へのエネルギーの移動)は観察されませんでした。そのため、イチイにおいては、スピルオーバー仮説はあてはまらないと考えられます。また、タンパク質の定量的な解析結果において、光化学系2の中心部分に位置するタンパク質の減少も観察されませんでした。そのため、従来、主要な仮説であった光阻害仮説もあてはまらないと考えられます。
一方、年間を通して、RNAの発現解析を行ったところ、冬のイチイの葉のmRNAの20%をELIPのmRNAが占めていることが明らかになりました。さらに、冬にはELIPタンパク質の量が急激に増加し、葉緑体に大量に蓄積していることも明らかになりました。また、ELIPの構造予測の結果は、このタンパク質が光化学系のタンパク質と類似した構造を持ち、光合成色素を結合していることを示しました。これらの結果を総合すると、冬のイチイではELIPの蓄積量が急増し、それに伴って光化学系2の集光タンパク質からの熱放散が高まることが示唆されました(図1)。
これらの結果は、2006年にZarterらが発表した仮説を、定量的なデータによって裏付けるだけでなく、彼らの仮説をさらに発展させる内容となっています。本研究では、冬季のイチイの光合成に関する新たな仮説を提唱しています。その仮説は、光化学系2の集光タンパク質が集めた光エネルギーは、蓄積したELIPによって熱として放散され、それにより光合成に伴う活性酸素の生成が抑制され葉緑体のタンパク質が保護されることで、葉の緑色が維持されるというものです。
今後への期待
常緑針葉樹が冬季に葉緑素によって吸収した光エネルギーを熱として逃がし、緑色を保つ能力は、常緑樹が春先に効率よく光合成をするために非常に重要です。また、冬季に樹木の芽生えが生き延びるためにも重要と考えられ、このような性質を持つ樹種ほど、寒い地域によく適応すると考えられます。このような仕組みが明らかになることで、常緑樹の樹種による熱放散能力の違いに関する理解が進み、常緑樹の寒冷地適応能力を光合成の観点から理解することが可能になります。このような知見を生態学や林業に取り入れることで、森林の保全や種の保存に役立つと期待されます。
謝辞
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業?学術変革領域(A)「光合成ユビキティ」(JP23H04960及びJP23H02262)、基盤研究(B)(JP20H03017)及び寿原記念財団の支援によって実施しました。また、タンパク質配列解析は北海道大学オープンファシリティーセンターにご支援いただきました。
論文情報
タイトル
"Revisiting the early light-induced protein hypothesis in the sustained thermal dissipation mechanism in yew leaves. "(イチイの葉における持続的熱放散メカニズムのearly light-induced protein仮説を再考する)
DOI
10.1093/jxb/erae412
著者
ヨウ?シゴウ1、澤田未菜1、岩佐万希子1、森山 亮1、デイ?デバヤン1、古谷実佑2、北尾光俊3、原登志彦1、田中 歩1、岸本純子1、横野牧生4,5、秋本誠志2、高林厚史1、田中亮一1
- 北海道大学低温科学研究所
- 神戸大学大学院理学研究科
- 森林総合研究所
- 基礎生物学研究所
- 総合研究大学院大学
掲載誌
Journal of Experimental Botany