岡山大学異分野基礎科学研究所の長尾遼特任講師、加藤公児特任准教授、沈建仁教授、神戸大学大学院理学研究科の秋本誠志准教授らの共同研究グループは、京都大学の伊福健太郎教授らとの共同研究により、クライオ電子顕微鏡を用いて、珪藻の光化学系II-フコキサンチンクロロフィルタンパク質II (注6) 超分子複合体 (PSII-FCPII) の立体構造解析に成功しました。PSII-FCPII構造の空間分解能 (注7) が向上した結果、PSIIに結合する全てのFCP遺伝子を同定し、より正確な色素配置を明らかにしました。この結果から、水中で太陽光エネルギーを効率よく収集?逸散する仕組みや、光合成生物が多様な環境に応じて集光性色素タンパク質を進化させてきたことが明らかになりました。
本研究成果は、日本時間4月1日、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。
ポイント
- クライオ電子顕微鏡 (注1) を用いた単粒子構造解析 (注2) により、褐色を呈する珪藻 (注3) の光化学系II (注4) -集光性色素タンパク質 (注5) の立体構造を決定しました。
- 珪藻の巨大複合体の立体構造は陸上植物と比較して、色素やタンパク質の組成が大きく異なり、多様性を生み出していることがわかりました。
- 色素の並び方から、水中でエネルギーを効率よく利用する仕組みがわかり、光合成生物が多様な環境に応じて効率よく太陽光エネルギーを利用する仕組みを獲得してきたことが明らかになりました。
現状
酸素発生型光合成 (注8) は、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成する反応です。シアノバクテリア、藻類、陸上植物が酸素発生型光合成を行うことにより、我々ヒトを含む、酸素呼吸をする生物は地球上で生活できています。酸素発生型光合成を行う上で光捕集は欠かせない要素です。光エネルギーを効率的に捕集するために、光合成生物は独自の光捕集システムを構築してきました。陸上植物と異なり、水域に存在する藻類やシアノバクテリアはそれぞれの生存環境に応じて異なる集光性色素タンパク質を持ちます。集光性色素タンパク質の主な役割は、光化学系I (PSI) および光化学系II (PSII) に結合して、捕集した光エネルギーを伝達することです。水域に存在する光合成生物は水深によって使える光の質と量が異なり、その光エネルギーを確保するために異なる種が生まれ、多様性が表れたと考えられています。光合成生物にとって、集光性色素タンパク質を変えることは生存戦略の一環となります。集光性色素タンパク質の差異により、結果として見た目の色の違いが生じます。
珪藻は陸上植物とは異なり褐色を呈します。その原因は集光性色素タンパク質であるフコキサンチンクロロフィルタンパク質 (FCP) にあります。FCPは太陽光エネルギーの中の青色から緑色の光を吸収することに優れており、これは陸上植物が持つ集光性色素タンパク質の吸収領域である赤色と青紫色と大きく異なります。しかし、FCPがどのように光エネルギーを吸収し、PSIIに伝達しているのか、その詳細は不明でした。珪藻のFCPとPSIIとの間における光エネルギーをやり取りする仕組みの解明は、珪藻の光捕集戦略の解明だけでなく、なぜ光合成生物が色の多様性を持つようになったのかという進化的な疑問を解明するうえでもとても重要です。
研究成果の内容
岡山大学の長尾特任講師、加藤特任准教授、沈教授と神戸大学の秋本准教授の研究グループは、京都大学の伊福教授らと共に、珪藻からPSII-FCPII超分子複合体を精製し、クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子構造解析により、2.5 ?の空間分解能で立体構造を解明しました。FCPIIは、2個の四量体と3個の単量体としてPSIIに結合します。PSII1個とFCP四量体2個とFCP単量体3個を1セットとし、反対側に同じ組成のタンパク質がもう1セット結合し、二量体を形成します (図) 。2019年に我々が報告したPSII-FCPIIの立体構造は3.8 ?の分解能であったため、今回の成果は大幅な改善になります。まず、FCP四量体について、前回の論文では一つの遺伝子から構成されるホモ四量体であると考えましたが、今回の論文では異なる遺伝子産物から構成されるヘテロ四量体であることが判明しました (図) 。また、色素分子に関して、FCP特有のクロロフィルやカロテノイドを同定することができました。これらの成果は空間分解能が向上したことによります。色素やFCPの配置から、種類の異なる色素間で複雑な光捕集および励起エネルギー伝達 (注9) のネットワークを形成していることが予想されました。そこで、実際に励起エネルギー伝達について時間分解蛍光分光法 (注10) により解析した結果、FCPからPSIIへの励起エネルギー移動が観測されました。
珪藻がどうしてFCPのヘテロ四量体を選択したのか、今はまだわかっていません。珪藻のFCPは40~50個程度あるといわれています。環境の変化に応じて、FCPを柔軟に変えている可能性もあります。このように集光性色素タンパク質の機能や構造、さらには環境に対する変化は興味が尽きません。今回我々が得た知見は、光合成生物の集光性色素タンパク質の多様性や特殊性、さらにはそれらの進化を紐解くうえで大きなインパクトを与えます。
社会的な意義
立体造解析によって、集光性色素タンパク質の多様性を明らかにした本研究の知見を人工光合成研究に取り入れることで、高効率光エネルギー伝達システムの構築が進展するものと期待できます。
研究資金
本研究は、日本学術振興会「基盤研究」 (課題番号:JP20K06528、JP20H02914、JP20H031160、JP20H03194) 、日本学術振興会「萌芽研究」 (課題番号:JP21K19085) 、日本学術振興会「新学術領域研究 (研究領域提案型) 」 (課題番号:JP16H06553、JP17H06433) の支援を受け実施しました。
用語解説
注1 クライオ電子顕微鏡
タンパク質などの生体分子を水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法です。まず、試料を含む溶液を液体エタン (約?170℃) に落下させて急速凍結し、アモルファス (非晶質、ガラス状) な薄い氷に包埋します。これを液体窒素 (?196℃) 条件下で、電子顕微鏡観察します。電子顕微鏡内の真空中では試料は凍結状態を保持でき、また、冷却することにより電子線の照射による損傷を減らすことができます。
注2 単粒子構造解析
電子顕微鏡で撮影した多数の生体分子の像から、その立体構造を決定する構造解析手法のことをいいます。2017年のノーベル化学賞の受賞者の一人、Joachim Frankらにより単粒子解析法の基礎がつくられました。
注3 珪藻
植物プランクトンの一種であり、単細胞の真核光合成藻類です。細胞が珪酸質の硬い殻に覆われているのが特徴です。
注4 光化学系II (PSII)
光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体です。PSIIは20種類程度のサブユニットから構成されます。補欠因子として、金属錯体、色素分子 (クロロフィルやカロテノイド) が結合します。クロロフィルとカロテノイドはそれぞれで特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。
注5 集光性色素タンパク質
光エネルギーを捕集し、PSIIへ伝達するためのタンパク質です。集光性色素タンパク質に結合する色素分子 (クロロフィルやカロテノイド) は生物種毎に異なります。見た目の色の違いの要因となります。
注6 フコキサンチンクロロフィルタンパク質 (FCP)
珪藻と褐藻に特有の集光性色素タンパク質です。クロロフィルcおよびフコキサンチンと呼ばれる色素を結合します。これらは陸上植物には存在しない色素分子であり、珪藻が褐色を呈する要因です。
注7 空間分解能
どのくらい細かくものを「見る」ことができるかの指標です。数値が小さい程、空間分解能が高く、物質をより精細に観測できる。原子の大きさは、1オングストローム (?、1 ?は100億分の1メートル) 程度で、個々の原子の視覚化には1 ?程度の空間分解能が必要となります。
注8 酸素発生型光合成
光合成は光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成する反応です。光化学系I、シトクロムb 6 f、光化学系II、ATP合成酵素と呼ばれるそれぞれの膜タンパク質複合体が酸素発生型光合成を駆動します。
注9 励起エネルギー伝達
クロロフィルやカロテノイドといった光合成色素分子が光のエネルギーを受け取り、もとのエネルギーの低い状態からエネルギーの高い状態に移った後、そのエネルギーを色素分子間で伝達することです。
注10 時間分解蛍光分光法
パルスレーザーを色素に照射した後、色素から発せられる蛍光の変化をフェムト秒 (1フェムト秒は1000兆分の1秒) からピコ秒 (1ピコ秒は1兆分の1秒) の時間分解能で追跡する方法です。光エネルギーを吸収した直後の色素分子の挙動だけではなく、分子が置かれた環境に関するさまざまな物理化学的情報を解析するための非常に有用な分光法です。この手法により、集光性色素タンパク質の色素分子の役割を明らかにします。
論文情報
タイトル
“Structural basis for different types of hetero-tetrameric light-harvesting complexes in a diatom PSII-FCPII supercomplex”
「FCPヘテロ四量体を含む珪藻PSII-FCPII超複合体の構造基盤」DOI
10.1038/s41467-022-29294-5
著者
Ryo Nagao1, Koji Kato1, Minoru Kumazawa2, Kentaro Ifuku3, Makio Yokono4, Takehiro Suzuki5, Naoshi Dohmae5, Fusamichi Akita1, Seiji Akimoto6, Naoyuki Miyazaki7, and Jian-Ren Shen1
1岡山大学?異分野基礎科学研究所
2京都大学大学院?生命科学研究科
3京都大学大学院?農学研究科
4北海道大学?低温科学研究所
5理化学研究所?環境資源科学研究センター
6神戸大学大学院?理学研究科
7筑波大学?生存ダイナミクス研究センター掲載誌
Nature Communications