
「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、10月13日まで開かれている大阪?関西万博。会場は、大学や企業が最先端の取り組みを発信する場ともなっている。神戸大学も最新の研究成果、学生の独創的な活動をさまざまな形で紹介している。その発信にはどのようなメッセージが込められているのか。「万博後」にどう生かそうとしているのか。神戸大学理事?副学長で、万博出展を担当するSDGs(持続可能な開発目標)推進室の室長でもある喜多隆教授に聞いた。
研究者、学生のスタートアップに焦点
神戸大学は万博でどのような発信をしていますか。
喜多理事?副学長:
本学の特徴は、先端的な技術やアイデアを事業化する「スタートアップ」に焦点を当てていることです。研究者、学生の双方の取り組みを、独自出展のブースや万博会場内のイベントで発信しています。
本学の展示ブースは7月に5日間開設したほか、9月30日から1週間、「フューチャーライフヴィレッジ」というパビリオンに出展します。主な内容として、研究者の先端研究を二つ、学生による事業を二つ紹介します。
先端研究の一つは、工学研究科の杉本泰准教授がシリコンナノ粒子を材料として開発した塗料です。退色せず、低コストで、軽量化、省資源化も実現した画期的な塗料です。もう一つは、理学研究科の津田明彦准教授が取り組んでいる「光ものづくり」。下水や家畜の糞尿といった廃棄物を利用し、光による反応でさまざまな化学品を生み出す技術で、すでに「光オンデマンドケミカル株式会社」として起業しています。
学生の取り組みの一つは、「HIM(ヒム)」というチームで、シロアリの腸内の微生物を利用して水素を生産する事業に挑戦しています。もう一つは、アトピー性皮膚炎の患者向けに、かゆみを抑える緑茶染めシャツの開発に取り組む「SkinNotes(スキンノーツ)」です。いずれも、ビジネスプランを競うコンテストなどで数々の賞を受けています。
万博は、大学発のこうした研究?事業を広く紹介する貴重な機会で、7月の展示では「神戸大学はこんな取り組みもしているんですね」という驚きの声を数多くいただきました。卒業生や企業関係者の来場も多く、好評でした。

「創造の場」という大学の姿を示す
神戸大学が展示に込めるメッセージは?
喜多理事?副学長:
大学は本来、クリエーション(創造)の場です。学ぶだけではなく、新たな技術や考え方を生み出す場所です。万博の展示では、そういう大学本来の姿を示したいと思いました。「スタートアップ」は「起業」と捉えられがちですが、会社を設立するかどうかに関係なく、学んだ知識を生かして新たなアイデアを生みだすことが重要なポイントです。今回、万博で紹介している学生の取り組みもそういう点を重視しており、来場者に創造のプロセスを伝えたいと思っています。
学生の取り組み紹介にあたっては、万博開催前からさまざまな準備を進めてきました。2023年には、神戸大学、関西学院大学、甲南大学、武庫川女子大学を中心に、大学連携による創造の場として「大学エコシステム?ひょうごSDGsオープンイノベーション」という枠組みを設けました。学生のビジネスコンテストを開催したり、多様なテーマの講座やワークショップを企画したりしながら、万博で披露するアイデアを練り上げてきました。
9月から10月にかけて本学の展示ブースを設ける会場では、10月4日、神戸大学、関西学院大学、甲南大学の学生計9チームが事業プランを発表する「SDGs未来ビジネス学生コンテスト」も開催します。学生たちの独創的な取り組みを多くの人に知ってもらう機会にしたいと考えています。
今回の万博は、開催目的として「SDGs達成への貢献」を第一に挙げています。国連が掲げるSDGsは、2030年を達成目標年としており、万博は目標まであと5年という時期にあたります。ですから、神戸大学の取り組みも、その目標達成への貢献を強く意識しています。2020年2月に設置した「SDGs推進室」を中心とし、万博に向けて産官学連携にも注力してきました。
産官学連携で特徴的な取り組みは?
喜多理事?副学長:
本学は「神戸大学SDGs研究交流会」というプラットフォームを設置しており、現在、約150の企業?団体?自治体がパートナーとなっています。この枠組みのもとで、万博開催前からSDGsに関連するフォーラムや連携プロジェクトを企画してきました。本学の万博展示にも、さまざまな企業が協力してくださっています。

7月の展示では、杉本准教授が開発した塗料の紹介で、世界的に知られるフィギュアメーカー「海洋堂」(大阪府門真市)の協力も得ました。ミニカーなどに塗料を施して展示することで、子どもも含めた幅広い世代の来場者が関心を持ってくれました。
9~10月の出展では、関西電力と本学が連携して開いてきた連続講座の成果を、学生たちの視点でまとめた展示も行います。連続講座は全5回の構成で、2024年に続いて2025年も実施しました。学生が発電施設の見学やグループ討議をしながら将来のエネルギーのあり方を提案するもので、展示では議論のプロセスを含めて紹介する予定です。ほかにも、東京の企業?スケールアウト株式会社と連携し、発展途上国の課題解決を目指して日本の学生らが提案したビジネスプランの展示も計画しています。
SDGs推進室では、発足した5年前から関西の企業?団体とのネットワーク、人脈を築き、関西圏の大学とも協力して万博のプレイベントなどを実施してきました。そのような下地が万博での展示や発表につながっており、学生も大学の授業だけでは学べない貴重な経験を積んでいると思います。
大学はまちの未来に貢献するシンクタンク
万博での発信の成果を「万博後」にどう生かしていきますか。
喜多理事?副学長:
日本はハードや技術の開発という面では優れています。しかし、米国のスタートアップを見ても分かるように、今求められているのは新たな価値創造です。スマートフォンを例に挙げるなら、非常に高性能の電話機を開発しただけでは売れないけれど、その1台でネットも音楽も写真撮影も楽しめて、さらには買い物の決済もできれば、誰もが使うようになるということです。技術の開発を競うだけでなく、新たな価値といかに結び付けるかが重要になっています。
日本政府は今、「総合知」の重要性を強調しています。専門的な「知」を身に付けるだけでなく、多様な「知」によって新たな価値を創出することを目指しています。本学が万博で紹介する研究者や学生の取り組みは、まさにこの総合知が必要とされるもので、新たな試みのショーケースといえるでしょう。学生たちは、大学が用意した器の中で考えるのではなく、自身の考えをもとにアイデアを生み出しており、発信の意義は大きいと思います。
今後は、大学全体として「総合知」をさらに意識し、従来の学問領域を超えた新たな教育プログラム、人材育成に力を入れていきたいと考えています。
今回の万博全体として、開催の意義をどう考えますか。
喜多理事?副学長:
やはり、体験することの重要性を感じます。会場を訪れると、多様な国の文化や情報に触れ、体感することの意義を実感します。見るだけでなく、さまざまな企画に参画できることも、万博の良さでしょう。開催については賛否がありますが、そうした意見の違いも多様性という意味で大切だと思います。
本学のSDGs推進室は今年、未来の都市のあり方を産官学連携で考える「サステナブル都市研究会」を立ち上げました。万博を契機に生まれたネットワークをもとに、30以上の企業?団体が参画し、神戸市がオブザーバーとなっています。海洋のブルーカーボン(海洋生態系が二酸化炭素を取り込み、海に貯留される炭素)、里山のグリーンカーボン、街の中のホワイトカーボンの三つに焦点を当てた脱炭素社会の実現を目指し、具体的な事業を展開していく計画です。
大学は立地する地域のシンクタンクという役割を持つ組織であり、この研究会のような活動を通して、持続可能なまちづくりに貢献していくことは非常に重要です。今回の万博は、地域における大学の存在意義をあらためて意識する機会になったと思います。万博での試みや経験を、まちの未来のために生かし続けていくことで、開催の意義もさらに深まると考えています。
喜多隆理事?副学長 略歴
神戸大学工学部助手、助教授などを経て、2007年から神戸大学大学院工学研究科教授。2020年、神戸大学学長補佐。2021年、副学長。現職は、神戸大学SDGs推進室長(2020年~)、株式会社神戸大学イノベーション取締役(2021年~)、神戸大学理事?副学長(2025年~)など。