ターン有加里ジェシカ助教

職場や家庭など集団社会において仕事?家事を分担する場合、人が感じる不公平感は、付きものだ。公平な状態を望みながら、実現することが難しく、深いジレンマに陥ることも多い。「ボランティアのジレンマ」の研究を進め、仕事分担の不公平感を論文にまとめ、「日本学術振興会第12回育志賞」「令和7年度前之園記念若手優秀論文賞」など受賞を重ねる沙龙国际娱乐_澳门金沙投注-官网研究科のターン有加里ジェシカ助教に、不公平感の根底にあるものは何か、私たちはそれをどう解決すればいいのか、公平感とウェルビーイング(身体的?精神的?社会的に良好な状態)にはどんな関係があるのか、これまでの研究の成果と社会への示唆について聞いた。

「ボランティアのジレンマ」を探る

「集団における公平な仕事分担を阻害する要因」に関する論文が出版されましたが、どのような研究ですか。

ターン助教:

集団の中で誰か1人が、誰でもできる仕事をしなければならない状況、コストを負担しなければいけない状況が日常にはあふれていますが、それに着目した研究です。具体的には、家庭でゴミが溜まったら捨てに行くとか、職場で電話がかかってきたら誰かが対応しなければならない場合です。集団内で少なくとも1人が負担を引き受ければ、全体が利益を得られる状況を指します。

この状況は、社会的ジレンマの一種「ボランティアのジレンマ」と呼ばれています。ボランティアのジレンマの状況下にあって、人によって仕事を引き受けるコストが違う、得意?不得意がある場合、つまり簡単に仕事ができる人と大変な労力がかかる人が集団にいた時に、誰がどのくらい仕事を引き受けるのが公平であるのかを調べた研究です。

仕事の分担方法は、少なくとも2種類考えられます。例えば、一番得意な人がずっとその仕事をするのがいいという考え方があります。集団全体の総負担を最小にする「効率」を優先した分担です。もう一つは、得意な人が多めに引き受けはするのだけど、不得意な人も引き受ける。構成員の最終的な負担を均一にする「公平」を優先した分担です。

効率を優先すれば、公平は損なわれます。逆に公平を優先すれば、効率が損なわれます。効率と公平が対立する時に、果たしてどちらの分配原則が理想とされるのかを調べてみました。

漫然と行動しては実現しない公平

具体的には、どのように実験し検証したのですか。

ターン助教:

日常に近い場面で検討したわけでなく、参加者にオンライン空間に参加してもらい、パソコン上の「経済ゲーム」という手法=図1=で実験しました。1回の実験に200人から300人が参加し、3人1組になってもらいました。3人のうち最低1人がレバーを引けば、全員が80コインを獲得でき利益を得られるというゲームです。そのレバーを引くのに人によってかかるコストが違う状況を作り、例えば、Aさんはレバーを1回引くのに30コインが必要、BさんとCさんは1回50コインかかる場合に、どう行動するかを調べました。3人はコミュニケーションを取ることはできない状態で、レバーを引くか否かの選択を繰り返してもらいました。誰もレバーを引かなければ、誰もコインをもらえません。

図1

この状況で、公平な分担を実現するためには、50コインとコストの高いBさん、Cさんが3回レバーを引く間に、30コインとコストの低いAさんは、5回引く必要があります。Aさん、Bさん、Cさんと単純な交代では、公平な分担には至りません。参加者は、Aさんが頻繁にレバーを引いて公平な分担を優先すべきだと考えていましたが、結果は、Bさん、Cさんが、3回よりも多めに引き、公平な分担からは乖離しているという結果が得られました。

しかも、公平から乖離した要因は、誰がいつレバーを引くのか、3人の間で調整できなかったためであることもわかりました。Aさんが多く引こうと思っていても、「それをいつやるのか」という調整が難しかったとみられます。結果的に、皆が順番に仕事をこなす単純な交代制に近づき、そのため、Bさん、Cさんが、「公平」とされているレベルよりも、多めに仕事を引き受けてしまう傾向が示されました。

漫然と行動しているだけでは、公平にはならない。公平の実現というのは、そんなに簡単なものではなく、相互調整が重要であると考えます。仕事を分担する人たちの間でコミュニケーションを取り、「いつ誰が仕事をするのか」を調整することが不可欠であるというのが、今回の研究のメッセージです。組織においては、構成員が相互調整に努めなければ、公平を保つのは難しいでしょう。

また、公平が実現しなかった時に、やる気がなかったとか、他の人の気持ちに原因を求めてしまうことがしばしばありますが、私は、この場合も仲間の意思のせいにするのではなく、調整がうまくいっていなかったことを原因として意識することが大切だと感じています。今回はシンプルな場面で立証できたので、今後はもう少し複雑な日常の場面を取り扱っていきたいと考えています。

不公平を我慢できない人間

なぜ、このような研究を進めることになったのですか。

ターン助教:

大学時代に触れた「経済ゲーム」が研究を進めるきっかけになっています。経済ゲームの中に「最後通牒ゲーム」があります。お金のやり取りをし合うゲームです。自分がどう行動するか、相手がどう行動するかで、お互いの報酬が決まる実験を指します。このゲームを大学の授業で知った時に感動し、驚きがありました。

最後通牒ゲームの内容は次のようなものです。参加者が2人いて、Aさんにまずお金を渡して、Bさんに対してその中から好きな額だけ渡してもらいます。その際にBさんが、Aさんの提案を受け入れられれば、その通りにお金が分配されます。しかし、Bさんが提案を拒否すれば、2人ともお金を受け取れないゲームです。例えば、Aさんが1000円のうち、400円をBさんに渡し、Bさんが納得すれば、Aさんは600円、Bさんは400円を受け取ることができます。Bさんが不公平だと拒否すれば、ともに0円になってしまいます。

不公平感を感じない人間であれば1円だけ手渡されても、0円よりは「ましだ」と考え、1円を受け入れますが、実際は200円、300円しかもらえなければ、「不公平」と考え、2人とももらえなくなったとしても拒否する方を選択します。その実験結果を初めて聞いた時、「公平感が人間にとって重要なんだ」と改めて気づかされました。公平という概念の複雑さに魅了され、「公平感」についてもっと知りたいと思うようになりました。

思い込みが家事分担に影響する

 

研究室で「ボランティアのジレンマ」の研究論文内容を語るターン助教

家庭において、なぜ家事は女性に偏るのですか。

ターン助教:

企業における仕事は、どれが誰の仕事と決まっていて、仕事をこなすことによって、誰の利益になるのが明示されています。それに比べると、家庭や地域社会での仕事は、誰かが自発的に仕事をやらないと皆の利益が生まれない状況が非常に多く、その仕事を誰が引き受けるのか分担が難しいと考えます。ボランティアのジレンマという実験から得られた知見が、家庭や地域社会など「非市場領域」でも生かせたらいいとの思いが強く、この研究を進めています。

家庭の場合、家事の種類が多く、全てを管理して公平に分けることは、かなり高度なことだと思います。ただ、これからの時代は、そうすることが求められている時代です。

家事において、妻と夫の仕事に対する好き嫌いや能力が全く同じであっても、「女性の方が家事を好きなのではないか」とか、「得意なのではないか」「女性のコストが低い」という「思い込み」があることが影響して、女性の方が家事を多めに引き受けているのではないかという仮説を立てています。少しデータを取ってみると、家事に対する好き嫌いには、男女における差はないものの、「女性の方が家事を好きだ」という思い込みが男性も女性も強いことがわかりました。これからさらに実証を積み重ねられればと思います。

幸福感には相互のバランスも必要

「社会的支援の量と公平性の双方を検討することの重要性―日本の高齢者における社会的支援と主観的幸福感の関係に着目して」と題した論文が、令和7年度の前之園記念若手優秀論文賞に選ばれました。

ターン助教:

地方独立行政法人東京都健康長寿医療センターの非常勤研究員をしていた時、所属したチームが高齢者の心理や健康状態を測定するための大規模調査を行っていました。その調査のデータを使わせていただき、全国の高齢者1300人の人生満足感や他者との助け合いの程度について、分析を行いました。助け合いに関しては、「まわりの人たちは、どの程度手助けしてくれますか」「まわりの人たちにつらいことがあったとき、どの程度励ましたりしますか」といった質問項目が使われていました。そのデータを使って、人に助けてもらっている量と人を助けている量を数値化して、人生満足度との関係を調べました。

その結果、助けられる量と助ける量のバランスが、ウェルビーイング、人生の満足度に影響していることが判明しました。助け合いの程度のバランスも重要だという結果です。周りの人を助け過ぎていても、ウェルビーイングは低下してしまう。助けられ過ぎていても、「自分ならできる」という効力感が下がってしまう。助け合いのバランスが取れていることが重要であることが、データから明らかに示され、私自身も少し驚いています。

これは、高齢者だけの話ではなく、高齢者以外の成人にも当てはまることだと思います。ですから、例えば、まわりからのサポートは十分受けられているのに何か満足できていないと感じた時には、助けてもらい過ぎている可能性もあるので、まわりの人を手助けしてみるのはどうでしょう。それが自分のウェルビーイングに結びつくかもしれません。助け合いのバランスを意識することの重要性が、研究結果の一つのメッセージかもしれませんね。実際にバランスが変化した際にウェルビーイングがどう変化するのか、具体的に明らかにするにはさらなる実験が必要です。

不公平感の原因を明らかに

今後掘り下げたい研究はありますか。

ターン助教:

「公平感」というのは曖昧ですごく複雑で、状況によっても違うし、分けるものによっても違う。いろいろな角度から見て明らかにしたいと思っています。

今までの社会科学における公平感の研究は、すごくシンプルな状況が実験に使われていましたが、現実場面に示唆を与えられるよう、もっと多様で複雑なケースを扱ってみたいと考えています。

冒頭のボランティアのジレンマの論文では、人における多様性を考慮していたのだけれども、分ける仕事の価値は均一と想定し検証しました。現実社会では、分かち合う人も、分担する仕事もともに多様で、公平と言っても、かなり複雑な問題だと考えます。立証は難しくなりますが、アプローチしたいと思います。そのあたりを見ていかなければ、公平感への理解は深まりません。

公平感について理解することで、人々が何となく感じる不公平感の原因を整理することができると思うので、それによって、不公平感の解消につなげたいです

ターン有加里ジェシカ助教 略歴

2018年3月、一橋大学商学部経営学科卒、2020年3月、東京大学大学院修士課程修了、2020年4月、日本学術振興会特別研究員、2023年9月、東京大学大学院博士課程修了。博士(社会心理学)。2023年10月、神戸大学大学院沙龙国际娱乐_澳门金沙投注-官网研究科助教。

※「前之園記念若手優秀論文賞」は、優秀な若手研究者の育成を願う前之園三郎博士(元神戸大学医学部助教授、元神戸労災病院長)の遺志に基づき、本学において優秀な論文業績をあげ、将来本学の研究リーダーとして活躍することが期待できる若手研究者を顕彰することを目的としています。医学研究科の研究者への顕彰を目的として、敬愛まちづくり財団により2011年に設立された前之園賞を、第10回を機に対象を全研究科へと発展させました。

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