図1:ゲノム編集によって糖尿病増悪因子を除いた乳酸菌によるヨーグルトの試作

神戸大学先端バイオ工学研究センターの西田敬二教授、光延仁志特命准教授、喜多雄大大学院生(研究当時)らの研究グループと株式会社バイオパレット(本社:東京都千代田区、代表取締役:馬場祐了)は、乳酸菌のゲノムを切らずに確実かつ精密に編集する手法を確立しました。これにより乳酸菌の高度で合理的な改変が可能になり、ヨーグルトなどプロバイオティクス製品の高機能化などへの応用が期待されます。この研究成果は、4月22日に、「Applied Microbiology and Biotechnology」に掲載されました。

 

 

ポイント

  • 精密なゲノム編集である塩基編集技術を幅広い乳酸菌で適用可能にした。
  • 糖尿病の増悪因子を除いた乳酸菌株を作成し、ヨーグルトの製造を確認。
  • 非遺伝子組み換えの高機能プロバイオティクス製品への応用が期待される。

研究の背景

乳酸菌は発酵食品として保存性や食味を向上させるなど人類に利用されてきた長い歴史がありますが、近年においては人の健康に寄与する様々な効能が見出されるようになってきました。またそれに伴って種々の機能性をアピールする製品の開発も加速しています。このような機能性の違いは、主に乳酸菌の株が異なる、つまりゲノムの配列が異なることに由来しています。現状においては、多様な菌株を採取して評価し、さらに育種改良することで何らかの機能性を持った菌株を選び出してきましたが、その労力に比して必ずしも望んだ高い機能性が見つかるわけではなく、また機能性とともに食品としての品質や生産性を両立させることも容易ではありません。

ゲノム編集※1技術は狙った遺伝子の配列を自然の突然変異と同じ形に改変することが可能であり、その生き物が本来持たないような遺伝子配列を挿入しないことから遺伝子組換え※2には当たりません。ただし一般的に広く使われるゲノム編集技術であるCRISPR-Cas9※3ではDNA二重鎖切断によって乳酸菌を含めたバクテリアにおいて細胞死を引き起こしてしまうため、扱いが困難でした。当研究室ではこれまでに、CRISPR-Cas9よりも精密かつ安全性の高い、いわゆる切らないゲノム編集技術と呼ばれる塩基編集技術Target-AID※4を開発してきました。塩基編集技術は標的DNAの塩基をより精密に変換することが可能です(図2)。そこで今回、この技術を乳酸菌に適用して高度な機能性を付与するべく研究を行いました。

図2. 塩基編集による標的遺伝子への一塩基変異導入 

 

研究の内容

図3. 糖尿病増悪悪物質の変化 

本研究では、乳酸菌での高効率で精密なゲノム編集を実現するべく、代表的な乳酸菌株であるLactiplantibacillus plantarum(漬物?乳製品に利用)を用い、塩基編集技術Target-AIDを導入して最適化の工夫を施すことで、ゲノム中の狙ったDNA配列の一塩基の変換をほぼ100%の効率で達成できるようになりました。また別の乳酸菌種であるLactobacillus gasseri(乳製品に利用?ガゼリ菌)についても同様に高効率での編集を実現したことで、幅広い菌種に適用可能であることが裏付けられました。さらに、新たな健康機能を乳酸菌に付与するべく、二型糖尿病の増悪に関与する物質を作る遺伝子に着目し、ゲノム編集を施すことで増悪因子を1/10以下に低減することができる乳酸菌株を作出することができました。この株によるヨーグルトの試作も行い(図1)、製造工程や品質に特に問題がないことを確認し、商品化の可能性を示しました(図3)。

 

今後の展開

今回確立した手法で作成される乳酸菌株は食品やサプリメントあるいは医薬品として利用するに際し、遺伝子組換え規制の対象にならないため、適切に安全性を確認して製品化することが可能です。期待できる機能性としては、糖尿病や肥満その他の生活習慣病の予防や改善、免疫の強化やアレルギー改善、睡眠やメンタルヘルスの改善、美容や身体パフォーマンスの向上、またすでにある有用な乳酸菌の生産性や食品品質の向上あるいは多機能化など、従来の乳酸菌開発よりも効率的にニーズに対応し、かつ高度なレベルで付与できると考えています。同時に未知の遺伝子機能の解明によって、新たな酵素など遺伝子資源を発掘することも可能となります。

用語解説

※1. ゲノム編集

生物のゲノムDNAの配列を任意の部位で編集する技術。遺伝子編集とも言われる。

※2. 遺伝子組換え

その生物が本来持たない、外部で加工された遺伝子配列をゲノムに導入すること。生態環境への影響が不確かであるため規制の対象となる。国によって規制の度合いは異なる。

※3. CRISPR-Cas9

ノーベル賞の対象にもなった代表的なゲノム編集技術。指定したDNA配列を認識して切断できる。

※4. Target-AID

神戸大学で開発された“切らないゲノム編集技術”。一般には塩基編集と呼ばれる。DNAの二重鎖切断を誘導せずにDNA塩基変換を行うため、毒性が低く、かつ正確な編集が可能。

謝辞

本研究は、JST産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)「食の未来を拓く革新的先端技術の創出」(JPMJOP1851) およびJST革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23B4)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(21ek0109448h0002、24bk0104169s0201)の支援を受けて実施しました。

論文情報

タイトル

Development of a highly efficient base editing system for Lactobacilli to improve probiotics and dissect essential functions

DOI

10.1007/s00253-025-13489-z

著者

Hitoshi Mitsunobua*, Yudai Kitab*, Yumiko Nambu-Nishidac, Shoko Miyazakic, Kensuke Nakajimac, Ken-ichiro Taokaa, Akihiko Kondoa,b,d, Keiji Nishidaa,b#

a Engineering Biology Research Center, Kobe University, Kobe, Hyogo, Japan.

b Graduate School of Science, Technology and Innovation, Kobe University, Kobe, Hyogo, Japan.

c Bio Palette Co., Ltd, Kobe, Hyogo, Japan

d RIKEN Center for Sustainable Resource Science, Yokohama, Japan

*Equally contributed

#責任著者

掲載誌

Applied Microbiology and Biotechnology

研究者

SDGs

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