神戸大学大学院人間発達環境学研究科の邬倩倩(う せいせい)学術研究員と源利文教授を中心に、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)、千葉県立中央博物館、京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所、大阪市立自然史博物館、一般財団法人沖縄美ら島財団の共同研究グループは、頭足類(主にイカやタコの仲間からなる生物群)のDNAを深海の水から検出する革新的な手法を開発しました。
本研究では「環境DNAメタバーコーディング分析法※1」を活用し、水中に放出された生物由来の微量なDNA「環境DNA」を解析することで、頭足類の存在を迅速かつ効率的に検出する技術を確立しました。この手法を用いることで、太平洋の西七島海嶺沖合海底自然環境保全地域において、水深200?2000 mの深海域から、大小さまざまな頭足類のDNAを検出することに成功しました。特にダンゴイカのような小型種から世界最大の無脊椎動物とされるダイオウイカのような大型種まで幅広い分類群を網羅的に深層海水中から検出することができました。知られざる深海の生態系を理解する新たな手段として、今後さらに発展することが期待されます。
本研究成果は2025年4月15日に、国際学術誌「Marine Environmental Research」にオンライン掲載されました。

頭足類を対象とした生態調査のイメージ图
ポイント
- 深海生態系のモニタリング技術は発展途上にあり、特にイカやタコからなる頭足類の多様性調査は依然として遅れている。これまで魚類などの環境DNA解析技術はほぼ確立されてきているが、頭足類については解像度の高い手法は確立されていなかった。
- 本研究では、頭足類の検出ができる環境DNA解析技術を開発、深海域でその有効性をテストした。
- 200~2000 mの深海域に生息する多種多様な頭足類DNAの検出に成功。世界最大の無脊椎動物であるダイオウイカのDNAを複数箇所で検出した。
- 環境DNAの分析を通じて知られざる深海の生物多様性評価に有効なツールとなることが期待される。
研究の背景

深海とは、水深200 m以深の領域を指し、光が届かず、高水圧?低温という過酷な環境が特徴です。地球の大部分を占めるにもかかわらず、この極限環境に適応した生物の生態は未解明な点が多く残っています。また調査が難しいため、特に無脊椎動物の調査は発展途上にあります。従来の調査手法では、潜水調査船や無人探査機(ROV)といった大型の採集?観察装置などが必要でしたが、本研究では環境DNAメタバーコーディング分析法に着目しました。本分析法では、水中に残された生物由来の微量なDNA(環境DNA)を使用し、特定の分類群に特化した検出系を用いることで、迅速かつ簡便に生物相を把握することができます。これまでに頭足類を対象とした検出系も開発されていたものの、分類学的な解像度の低さなどの課題がありました。そこで本研究では、これらの問題を克服するため、新規の頭足類特異的検出系を開発し、その分類学的特異性、分解能および、カバー率を評価しました。さらに、異なる水深で採集した環境DNAサンプルを用いて、開発した検出系の適用性と有効性を検証しました(図1)。
研究の内容
頭足類を対象とした検出系の開発と評価
公開データベースから頭足類のミトコンドリア16S rRNA遺伝子のDNA配列を取得し、種間で共通する塩基配列の領域を特定し、2つの検出系を開発しました。それぞれ、十腕形目(イカ類)および八腕形目(タコ類)を対象とした2種類の検出系「Cep16S_D」と「Cep16S_O」を開発しました。さらに、公開データベースから得た海洋生物と対象種の塩基配列をコンピューター上で解析した結果、いずれの検出系も対象の生物群のDNAを増幅できることを確認しました。また、対象生物のDNAを用いたPCR実験では、15種の十腕形目と8種の八腕形目のDNAサンプルの増幅に成功しました。さらに、開発した2つの検出系をマルチプレクッスPCRで実施した結果、十腕形目と八腕形目合計14種を混合したDNAサンプルでも増幅が成功し、14種すべての塩基配列を確認することができました。つまり、新規開発した手法がイカ類やタコ類のDNAを分け隔てなく増幅できることが確認できました。
さまざまな深さに生息する種や体長の異なる頭足類の検出
開発した系が野外でも適用可能であるかを調べるため、太平洋の西七島海嶺沖合海底自然環境保全地域を含む調査地において、表層、深層の水を採水し、環境DNAの検出を試みました。その結果、海水試料から十腕形目54種と八腕形目6種を含む計60種のDNAを検出できました。表層から得たサンプルからは、5科7属10種の十腕形目を検出し、中深層(200?1000 m)のサンプルからは、15科27属34種の十腕形目のDNAを検出しました。漸深層(1000?2000 m)のサンプルでは、深海十腕形目の環境DNA(16科34属42種の十腕類を含む)と6種の八腕形目の配列を検出しました。これらの結果をまとめると、本研究で開発した手法を用いることで、水深200 m以深の深海域では、ダンゴイカのような小型種から世界最大の無脊椎動物であるダイオウイカのような大型種まで、多様な頭足類のDNAが検出可能であることを示しました。ダイオウイカのDNAは正保海山、元禄海山列、安永海山などの沖合海底特別地区に指定されているエリアで複数回検出されるなど、直接観測することが難しい深海の生物調査に大きな力を発揮することを示すことができました。これらの結果は深海での頭足類の多様性をより詳細に理解する手がかりとなります。

今後の展開
本研究では、頭足類を対象とした環境DNAメタバーコーディング用の検出系を新たに開発しました。この技術は、従来の調査手法と比べて高感度?高効率であり、簡便に適用できるという革新的な特徴を持っています。今後、未知の深海頭足類の多様性の解明に向けた新しい道が開かれるとともに、海洋生物保護の基盤となる生物多様性に関するベースライン情報を創出する手法として重要な役割を果たすことが期待されます。
一方で、イカ類に比べてタコ類の環境DNA検出率が低いという課題も残っています。タコ類は群れを形成せず、単独で分布することが多く、また多くが底性であるために検出感度が低下する可能性があります。より多くの種のDNAを検出するためには、頭足類の生活史や行動を理解に基づく研究や、データベースの配列不足や種の誤同定に起因する不正確な配列の問題に対処する必要があります。今後は、分子生物学者や分類学者との協力を強化し、正確な種の同定と信頼性の高い塩基配列データベースの整備が求められます。
用語解説
※1環境DNAメタバーコーディング
複数の生物の環境DNAを一度に検出する分析法である。この手法では、特定の分類群に共通するDNA配列部分をターゲットにした「ユニバーサルプライマー」を用いてターゲットである生物群のDNAをまとめてPCR(遺伝子増幅法)で増幅する。増幅されたDNAの配列を「超並列シークエンス」でひとまとめに解析し、取得した配列データを既存のデータベースと照らし合わせることで、どの種が含まれているかを特定する。このプロセスにより、多様な生物種を一度に、効率的に特定できる。
謝辞
本研究は、環境省環境再生保全機構環境研究技術開発費(JPMEERF20S20700)の助成を受けて実施しました。また、深海調査航海の一部は、環境省からJAMSTECに委託された令和2?4年度沖合海底自然環境保全地域調査等業務で行われました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1016/j.marenvres.2025.107094
著者
Qianqian Wu(邬 倩倩1), Tomoyuki Nakano(中野 智之2), So Ishida(石田 惣3), Tomoyuki Komai(駒井 智幸4), Yoshihiro Fujiwara(藤原 義弘5), Takao Yoshida(吉田 尊雄5), Masaru Kawato(河戸 勝5), Shin-ichiro Oka(岡 慎一郎6), Katsunori Fujikura(藤倉 克則5), Masaki Miya(宮 正樹4), Toshifumi Minamoto(源 利文1)
1神戸大学大学院人間発達環境学研究科、2京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所、3大阪市立自然史博物館、4千葉県立中央博物館、5国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)、6一般財団法人沖縄美ら島財団
掲載誌
Marine Environmental Research