神戸大学大学院人間発達環境学研究科の黒澤耕介准教授 (兼 千葉工業大学 惑星探査研究センター 客員研究員)、Imperial College LondonのGareth S. Collins教授、千葉工業大学惑星探査研究センターの石橋高上席研究員らの国際研究グループは、過去の天体衝突の証拠を含んだ炭素質隕石が少ない理由を解明しました。炭素質小惑星の上で天体衝突が起こると、衝突点から近い位置では有機物が爆発し、天体衝突時の衝撃の証拠を宇宙空間へ吹き飛ばしてしまうことがわかりました。一方で最大の炭素質小惑星であり重力も大きいセレス(Ceres)上には過去の天体衝突の痕跡が蓄積されると予想されます。30年来の宇宙物質科学の謎を解くだけでなく、今後のサンプルリターン計画に指針を与える結果です。
この研究成果は、4月24日に、Nature Communications誌の電子版に掲載されました。

ポイント
- 有機物を多く含む炭素質隕石は普通隕石に比べて過去の天体衝突の痕跡が少ない。この衝撃変成度2分性は1990年代から30年来の謎であった。
- 炭素が含まれた場合の衝撃波に対する応答の違いに着目し、隕石基質の模擬物質を用いた世界初の衝撃脱ガス直接計測を実行した。
- 有機物と酸素を含む鉱物が共存していると天体衝突時に爆発が起こり、衝撃変成を受けた物質が宇宙空間に飛散して失われてしまうことを発見。衝撃変成度2分性の原因が解明された。
研究の背景
隕石は宇宙から地球に飛来し、地上で発見された岩石で、様々な鉱物から構成されています。もともとは巨大な隕石の母天体表面から放出されて地球にたどり着いたもので、回収された隕石は岩石学、鉱物学、地球化学の手法によって分類されます。中でも一部の炭素質隕石は「太陽を冷やし固めた」物質で構成されており、太陽系物質科学の基準物質です。また炭素質隕石はその名の通り有機物を多く含むため、隕石母天体の起源と進化は宇宙生物学の興味の対象にもなっています。炭素質小惑星リュウグウ、ベンヌから持ち帰られた岩石も炭素質隕石に酷似していました。

有機物をほとんど含まない普通隕石も地球に落下しています。多くの隕石が過去に隕石母天体上で起こった天体衝突による痕跡を有しています。鉱物が傷つき損傷しているのです。この痕跡を衝撃変成と呼んでいます。衝撃変成は隕石母天体(※1)への過去の天体衝突の記録です。数mmの範囲内で異なる鉱物に痕跡が残されており、隕石たちは同一の天体衝突事件を異なる鉱物に記録した「ロゼッタストーン」たちであるとみることができます。衝撃変成の程度とその出現頻度は過去の太陽系の動的な姿が形を変えて残されたものと言えるでしょう。過去の衝撃実験によって隕石を構成する主な鉱物(※2)に対してどの程度の衝撃を加えるとどのような変成が生じるのか調べられました。 結果は7段階の衝撃変成度表としてまとめられ、隕石を読み解く辞書として活用されています。衝撃変成度ごとに隕石を分類した先行研究によると、過半数の普通隕石が15万気圧以上での衝撃変成を経験しているのに対して、ほとんどの炭素質隕石は明確な衝撃変成を受けていません。これは衝撃変成度2分性と呼ばれています(図1)。その起源は1,990年代からの惑星科学の謎の一つ(※3)でした。
研究の内容
国際研究グループは「有機物を多く含む炭素質隕石に既存の衝撃変成解読辞書をそのまま適用してよいのか?」という素朴な疑問から研究を開始しました。有機物は一般的な鉱物に対して柔らかく、加熱時に気化しやすいため衝撃を受けた際の挙動が異なるはずです。研究代表者の黒澤准教授が開発してきた天体衝突を模擬し発生したガスを直接計測する独自装置(※4)を用いて隕石基質模擬物質(※5)を用いた衝撃脱ガス実験を実施しました。これらの隕石基質の模擬物質としてそれぞれ磁鉄鉱(Fe3O4)と石英(SiO2)を、隕石有機物の模擬物質として黒鉛を用いました。衝突で発生するガスの詳細がわかると衝撃波が通過した後の応答を知ることができます。本実験には千葉工業大学 惑星探査研究センターに設置された(現在は神戸大学に移設の)二段式水素ガス衝撃銃 (図2)を用い、加熱に対して強い直径2 mmの酸化アルミニウム球を秒速3 kmから7 kmまで加速し標的に衝突させました。この速度は隕石母天体への平均衝突速度の推定値である秒速5 kmを含んでいます。


ガス分析の結果、衝突後に一酸化炭素(CO)、酸素(O2)、二酸化炭素(CO2)の信号が増加しており、高速度衝突によってこれらの気体が発生したことがわかります(図3)。これらのガス分子が含む炭素原子は黒鉛から、酸素原子は磁鉄鉱もしくは石英から放出されたものです。信号の時間変化の様子からそれぞれのガスの発生量を決定することができます。実験の結果、(1)発生ガス量は衝突体質量の0.1–10%程度であること、(2)発生ガス量は衝突速度の増加に対して急激に増加すること、(3)炭素と隕石基質模擬鉱物が共存している場合、発生ガス量が最大で2桁程度上昇することが明らかになりました。続いて研究チームは続いて衝撃物理学と熱統計力学に基づく数値解析を実施したところ、(4)実際の実験標的中では数値モデルでは考慮されていない局所的なエネルギー集中による加熱が起きていること、(5)ガス温度はおよそ1,700 ℃もの高温になっていることがわかりました。隕石母天体表面で鉱物が放出した酸素によって有機物が1,700 ℃で酸化される、これは身近な言葉でいうと爆発です。天体衝突時に衝突点の近傍では有機物が爆発し、宇宙空間に向けて急激に膨張するガス流が形成されます。衝突点近傍に存在していた強い衝撃変成を受けた物質はこの爆発によって破砕されつつ宇宙空間に向かって加速すると考えられます。実験からガスの量と温度がわかりましたので、その爆発の勢いを求めることができます。計算の結果、典型的な大きさの隕石母天体からは衝突天体質量の2倍以上の物質が宇宙空間に流出してしまうことがわかりました。強い衝撃変成を受けた物質は丸ごと失われてしまうことになります。このような有機物の爆発は炭素を多く含む炭素質隕石母天体の上では起こりますが、炭素をあまり含まない普通隕石母天体上では起こりません。よって、研究チームは衝撃変成度2分性の成因は天体衝突時の有機物の爆発であると結論付けました(図4)。

今後の展開
有機物の爆発の勢いで宇宙空間に流出する物質の量は衝突が起きた天体の大きさに依存します。現在知られている最大の小惑星であるセレスの上では、強い衝撃変成を受けた物質が重力によって引き戻され天体表面に降り積もっていることが予想されます。セレスは炭素質隕石と類似した物質で構成されていると考えられています。炭素質隕石母天体が太陽系の中でどのような天体衝突に晒されたのか?この謎はセレスからのサンプルリターンが実現されれば解けるかもしれません。本研究は将来の探査計画の立案の指針を与えます。
注釈
※1. 隕石母天体:直径100 km程度の小惑星であると考えられている。
※2. 鉱物:かんらん石、輝石、長石など。
※3. 惑星科学の謎の一つ:諸説があるが、従来説のいずれも水分を含まず強度が大きい種類の炭素質隕石にもあまり衝撃変成が見られないことを説明できなかった。
※4. 天体衝突を模擬し発生したガスを直接計測する独自装置: 2台の自動制御バルブと二段式水素ガス衝撃銃の動作を連動させることで、衝突によって発生するガスのみをガス分析装置に送り、銃の動作由来の化学汚染ガスを遮断する。
詳細は令和元年7月4日付けの千葉工業大学および広島大学共同プレスリリースにて確認できる。
「PERCが衝突蒸気雲の気相化学分析手法を開発―二段式軽ガス衝撃銃の50年来の弱点を克服―」
※5. 隕石基質模擬物質:隕石中の炭素の大部分が基質部分に含まれている。炭素質隕石には過去に熱水変成を受けた含水隕石とそうではない無水隕石の2種類があり、前者では水質変成鉱物と呼ばれる鉱物が、後者では珪酸塩鉱物が基質の主成分である。本研究では含水と無水隕石基質の模擬物質として磁鉄鉱と石英を用いた。
謝辞
本研究は科学研究費補助金基盤研究A(JP19H00726), 及びひょうご科学技術協会の学術研究助成(#6077)のもとで実施されました。本研究は宇宙科学研究所の超高速衝突実験施設の共同利用制度を利用しています。本研究の数値解析のために数値衝突計算コードiSALEを用いました。数値計算の一部は国立天文台 天文シミュレーションプロジェクトの計算サーバ、解析サーバを用いて実施しました。
論文情報
タイトル
“Impact-driven oxidation of organics explains chondrite shock metamorphism dichotomy”
DOI
10.1038/s41467-025-58474-2
著者
Kosuke Kurosawa, Gareth S. Collins, Thomas M. Davison, Takaya Okamoto, Ko Ishibashi, and Takafumi Matsui
掲載誌
Nature Communications