神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの立川貴士教授、隈部佳孝特命助教、および大学院理学研究科の竹内愛斗大学院生からなる研究グループは、次世代太陽電池材料として注目されている有機無機ペロブスカイト注1)を用いて、損傷した部位が自発的に修復する自己修復型光触媒を実証しました。

本研究では、1粒子レベルの発光観測やX線を用いた構造解析により、ペロブスカイトの発光挙動や結晶構造が時間とともに変化する様子を捉え、自己修復反応の詳細なメカニズムを解明しました。さらに、ペロブスカイトが損傷状態から修復する過程において、光照射なしでも水素を生成できることを見出しました。

これらの成果により、自己修復能力に基づく高い安定性を備えた光触媒の開発が進むとともに、昼夜を問わず水素を製造できるシステムへの応用が期待されます。

本研究成果は、2025年4月14日 午前10時(英国時間)に英国Nature Portfolioの「Communications Chemistry」のオンライン版で公開されました。

ポイント

  • 次世代太陽電池材料として注目される有機無機ペロブスカイトを用いて、壊れても自然に治る「自己修復型光触媒」を実現した。
  • 1粒子レベルで発光や構造の変化を捉え、結晶の損傷と自己修復の仕組みを解明した。
  • 光照射を止めても水素生成が継続することから、昼夜を問わず稼働する革新的光触媒技術への応用が期待される。

研究の背景

地球温暖化をはじめとする環境問題への関心の高まりに伴い、サーキュラーエコノミー注2)の実現に向けた研究が世界中で活発に進められています。その実現に向けた方策のひとつとして、材料に自己修復能力を付与することが挙げられます。これは損傷によって機能を失った材料を再び利用可能な状態に戻す能力です。これまで、ゲルなどの高分子材料や光電極材料などを対象に、自己修復に関する研究が進められてきました(図1)。しかし、これらの材料が自己修復するには、材料同士を接触させることや電圧を印加するなど、外部からエネルギーを加える必要がありました。

 

図1. これまでの自己修復材料(i),(ii)と本研究における自己修復機構(iii)の比較 従来の自己修復材料では、外部からのエネルギー供給が必要とされていた。これに対し、本研究で実証した機構では、自己修復反応が外部刺激なしに進行することが示された。

研究の内容

本研究では、次世代太陽電池材料として注目されている有機無機ペロブスカイト(CH3NH3PbX3(X = Cl, Br, I)など)をモデル材料として用いました。水素イオンやハロゲン化物イオンを含む水溶液中にペロブスカイトが飽和した条件下において、外部刺激を必要としない自己修復反応を実現しました。さらに、この反応が、水素生成光触媒反応に適用可能であることを実証しました(図2)。

有機無機ペロブスカイトは、水素生成光触媒としての応用が注目されていることから、本研究ではまず光照射が結晶の損傷に及ぼす影響を評価しました。蛍光顕微鏡を用いて光照射下での結晶形状や発光波長の変化を1粒子レベルで観測したところ、照射時間が長くなるにつれて結晶が損傷することが明らかになりました(図2上)。この過程をX線を利用した測定によって詳しく解析したところ、結晶中の2価の鉛イオンが還元され、0価の鉛が生成していることがわかりました。さらに、光照射を停止し、水溶液中で結晶を静置すると、損傷した領域が自己修復する様子が確認されました。

反応容器内の水素ガスを定量した結果、光照射中だけでなく、照射を停止した後も損傷したペロブスカイトから水素が継続的に生成されていることが明らかになりました(図2左下)。イオン化傾向注3)に基づいて考えると、光照射を停止した後に生成した水素は、還元によって生じた0価の鉛が水素イオンと反応し、2価の鉛に酸化される際に生じたと考えられます。また、この水素生成反応は少なくとも3サイクル、計75時間以上にわたって安定的に継続することが確認されました。この自己修復反応は、0価の鉛と水素イオンの反応により、飽和水溶液中のペロブスカイトの平衡状態が乱され、いわゆる「ルシャトリエの原理注4)」に従い、固体結晶が生成する方向へ平衡が移動することで生じると考えられます(図2右下)。

図2

(上)蛍光顕微鏡を用いたペロブスカイト結晶の形状観測。図中の時間は、光照射開始時点からの経過時間を示している。光照射によって損傷した結晶は、照射を停止すると自己修復する。

(左下)触媒反応によって生成した水素の定量結果。黄色の網掛け領域と灰色の網掛け領域は、それぞれ光照射中および光照射停止後の条件を示している。光照射を停止しても水素の生成が継続することが確認された。

(右下)本研究で観測された結晶の損傷および自己修復のメカニズム。光照射によって0価の鉛が生成し、結晶が損傷する。しかし、その後の鉛の酸化反応によって平衡状態が乱され、その結果、自己修復が誘起される。

今後の展開

今回、有機無機ペロブスカイト結晶で観測された自己修復反応は、ルシャトリエの原理という非常にシンプルな原理に基づいているため、他の非共有結合性材料にも適用可能であると考えられます。さらに、持続可能な水素製造システムへの応用が実現すれば、サーキュラーエコノミーの推進に大きく貢献することが期待されます。

用語解説

注1)有機無機ペロブスカイト:有機物と無機物のイオンからなるペロブスカイト型化合物。代表的なハロゲン化鉛有機ハロゲン化鉛ペロブスカイトは、有機イオン、ハロゲン化物イオン、鉛イオンからなる。一般に、ペロブスカイトとはチタン酸カルシウム(CaTiO3)のように、ABO3(Aは2価、Bは4価の金属イオン)であらわされる化合物の総称である。次世代太陽電池材料として期待されている。

注2)サーキュラーエコノミー:材料を製造する際に資源の量を削減することや、材料を繰り返し再利用することによって、資源を効率的に循環させることを目指した経済のこと。循環経済と同義。

注3)イオン化傾向:金属の陽イオンへのなりやすさを系統化したもの。本研究で生成する鉛は水素イオンに比べて陽イオンになりやすく、鉛から水素イオンの電子移動によって以下の反応が自発的に進行する(Pb0+2H+→Pb2++H2)。

注4)ルシャトリエの原理:平衡状態にある系に変化が加えられると、その変化を緩和する方向に平衡が移動するという法則のこと。

謝辞

本研究は、日本学術振興会?科学研究費補助金「国際共同研究加速基金(海外連携研究)」(課題番号:JP23KK0097)、「挑戦的研究(萌芽)」(課題番号:JP24K21753)、科学技術振興機構 次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2148)、岩谷直治記念財団などの支援を受け実施しました。

論文情報

タイトル

Unassisted self-healing photocatalysts based on Le Chatelier’s principle

(ルシャトリエの原理に基づく無補助型自己修復光触媒)

DOI

10.1038/s42004-025-01500-7

著者

Aito Takeuchi, Yoshitaka Kumabe, Takashi Tachikawa

掲載誌

Communications Chemistry

研究者