
漫画とMBA(経営学修士)。全く関係がなさそうな二つを結びつけ、「MBA漫画家」として活動するかんべみのりさん。経営や会計の基礎を分かりやすく伝える作品が評判を呼び、ビジネス領域を中心とした漫画を手掛ける。活躍の幅は年々広がり、昨年は、神戸大学の先輩で車いすに乗って世界中を旅していた故?木島英登(ひでとう)さんの遺稿を、自身の漫画との合作で世に送り出した。木島さんの生き方にも大きな影響を受けたというかんべさんは、どのようにして今の仕事にたどり着いたのか。山あり谷ありの歩み、そこから得たものを聞いた。
留学生センターに見つけた自分の居場所
神戸大学で在籍したのは経営学部ではなく、法学部だった。といっても、法学を熱心に勉強したわけではない。大学受験の直前に同級生の親友を病気で失い、心の痛手を抱えながらなんとか合格したものの、入学したとたんに緊張の糸が切れた。
「何をしたらいいのだろう」と考える日々。そんな中で居場所になったのが留学生センター(現?グローバル教育センター)だった。1年生の夏休みに、父の知人がいるアメリカでホームステイを経験し、海外への関心が高まったのがきっかけだ。自らセンターを訪ね、留学生の生活支援や交流の企画などを行うサークルTruss(トラス)の活動に加わった。
「TrussのOBに、車いすで世界中を旅している人がいる」と聞いたのは、2年生のときだ。それが、木島さんだった。高校3年の時にラグビー部の練習で脊髄を損傷し、車いすの生活に。神戸大学を卒業後、広告代理店の電通に入社していた。「会ってみたい」という気持ちが湧き上がり、時々話をするようになると、そのエネルギーに圧倒された。
「きーじー(木島さんのニックネーム)はいろいろな面で規格外の人。『おれなんか、バス旅行でうんこ漏らしてんで』と排泄の問題もズバズバ言う。とにかく飾りがない。甘ったれたことを言うと、厳しい指摘もされましたが、とても気が合いました」
漫画家になることなど、想像もしていなかった大学時代。20数年後、木島さんの遺稿を漫画にするとは思ってもいなかった。
就職活動から逃げた自分。「MBA+漫画」で見つけた道

大学卒業を前にしても、就職活動はしなかった。同級生たちが皆、髪を黒色にし、スーツに身を包む姿を見ながら「私は嫌。やりたくない」と思った。フリーター生活の後、イギリスへ。1年目は英語を学び、2年目は専門学校でデザインを学んだ。
帰国後、東京でアルバイト生活をしていた27歳のとき、「英語が話せるなら」と誘われた食品輸入代理店に入社した。初めて正社員となり、仕事のやりがいも感じた。ところが、会社の経営が急激に悪化。リーマン?ショックの時期とも重なり、転職に苦労した。
「そのころ、友人に会うと愚痴ばかり言っていました。神戸大学時代の友人の多くは、すでに大手企業で経験を積んでいるのに、自分はそういうキャリアも、履歴書に書ける資格もない。就職活動から逃げたからだ、と後悔ばかりしていました」
幸い、3社目の就職先となった会社は残業が少なく、夜の時間を自由に使えた。そこで、決心したのが資格取得のための勉強だった。会社の近くにあったグロービス経営大学院を知り、「私にもできるだろうか」と不安を抱きつつ試験を受けた。
入学すると、そこには多様な経験を積んだ人々がいた。会社員、経営者、公認会計士。「会社を何回もつぶした」「成功するまでやれば失敗じゃない」。そんな同期生の声を聞き、「自分はなぜあんなにクヨクヨしていたんだろう」と吹っ切れた。
しかし、経営やビジネスの分野はまったくの素人。基本知識すらなく、授業では悪戦苦闘した。そんなとき、勉強に取り入れたのが、子どものころから描いていた絵だった。授業で学んだ内容を漫画で簡潔にまとめ、同期生や指導教員に見せると「すごい」と絶賛された。
「周囲の人にとって、絵を描くのは普通のことではなく、これは自分の宝かもしれないと思いました。でも、私くらいの画力では他の漫画家には勝てない。画力をカバーするために、MBA漫画家と名乗り始めたんです」
その漫画の特徴は、なんといっても分かりやすさだ。会計の基礎も、経営の基本も、身近な例や短い漫画で端的に示す。それはまさに、基礎が分からず苦闘していた自分自身が求めていた解説だった。MBA取得後まもなく出版した初の著作「マンガ 日本最大のビジネススクールで教えているMBAの超基本」(2014年)は、大きな反響を呼んだ。
車いすで世界を旅した木島さんの思いを本に

MBA漫画家として活躍の場を広げ、2児の母として忙しい日々を送っていたかんべさんのもとに、木島さんの訃報が届いたのは2022年7月のことだった。まだ49歳で、大学の常勤講師になったばかり。くも膜下出血だった。
「あんなにパワフルだった人がどうして、と信じられませんでした。大きな支えをなくしたような気がしました」
木島さんの実家を訪ねると、家族から遺稿を手渡された。そこに残された数々の言葉が絵となって頭に浮かび、「何とか本にしたい」と思った。そして、2024年8月に出版されたのが「幸せとは何か? 最適な人生の見つけ方 空飛ぶ車いすからのメッセージ」だ。世界175カ国をほぼ1人で旅した木島さんの経験や思いが、かんべさんの漫画とともにつづられている。
漫画は、木島さんの姿を生き生きと映し出す。マカオでの夜、店のステージに出て踊ってみると、周囲の人が車いすを気にせず一緒に踊ってくれたこと。北海道のジャンプ競技場の見学で、リフトに乗り頂上まで行けたこと。アフリカのジブチにいる友人を訪ねて再会できたときの喜び。そんな経験と合わせ、「幸せとは何か?」という問いに対する木島さんの思いが並ぶ。
?未来なんてわからないんだから行動に移しましょうよ?
?幸せとは探すものでなく気づくもの?
?自分のやりたいことが見つかったから、私は幸せです?
「何かに迷ったとき、私は判断基準の一つとして『きーじーならどうしたか』ということをよく考えます」と、かんべさんは言う。
本を通して伝えたいのは「とにかく動け」というメッセージ。自身も今年、子どもとともにカンボジアで数カ月暮らす計画を立てた。木島さんの思いを受け継ぎ、新しい世界に飛び込み続ける。神戸大学という縁でつながった卒業生2人の思いは、これからも、1冊の本を通して人々の心に染み入っていく。
略歴
かんべ?みのり 1980年、兵庫県西脇市出身。1999年、神戸大学法学部入学。故?五百旗頭真名誉教授のゼミで学んだ。2003年卒。2006年、英国のEdinburgh’s Telford College Illustration with Design HNC修了。2014年、グロービス経営大学院経営研究科修了(経営学修士)。著書に「マンガ とにかくわかりやすいMBA流決算書の読み方」(朝日新聞出版)など。執筆活動のほか、企業研修の講師なども務める。西脇市在住。