自身がスペイン語に翻訳した村上春樹作品『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を手にするガブリエル?アルバレス?マルティネスさん(神戸大学附属図書館)

村上春樹作品などの日本文学や漫画をスペイン語に翻訳しているスペイン在住の翻訳家、ガブリエル?アルバレス?マルティネスさん。神戸大学に約3年半留学し、言語を研究した経験が、今の仕事の土台になっている。「神戸で関西弁を身につけたことも、翻訳の仕事に役立っています」という。スペインと日本の文化の橋渡し役となり、2022年にはその功績で日本の外務大臣表彰も受けた。

身近にあった日本のアニメ、漫画

出身はスペイン北西部のガリシア州。幼少期からドラゴンボールや忍者ハットリくんなどのアニメに親しんだが、当時は日本の作品とは意識していなかった。日本に関心を持ち始めたのは中学、高校時代。その入口は手塚治虫らの漫画で、高校時代には日本語学習の本を買って独学を始めた。「当時は日本語だけでなく、ラテン語や古代ギリシャ語などさまざまな言語を勉強しようとしていました」といい、卒業後はガリシア州のビーゴ大学で翻訳?通訳について学ぶ道を選んだ。

日本への留学を考えるようになったきっかけは、在学中に1年間、翻訳?通訳を専門とするベルギーの大学に留学し、日本人留学生や日本語教員に出会ったことだった。日本で学んだ経験を持つベルギー人とも親しくなり、日本語学習の意欲が一気に高まった。大学卒業後、スペイン語のティーチングアシスタントなどをしながら、文部科学省の奨学金を受給するための試験に挑戦。2度目の受験で合格し、2010年秋、来日を果たした。

オノマトペの面白さに引き込まれて

神戸大学を選んだのは、翻訳について研究する藤濤文子?国際文化学研究科教授のもとで学びたいと思ったからだ。日本語で特に関心を持ったのは、オノマトペ(擬音語?擬態語)。幼いころから親しんできた漫画でもよく使われていた。

「スペイン語にはオノマトペが少ないんです。例えば、日本語で静かな状態を表す『シーン』とか、止まるときの『ピタッ』とか、それに当てはまる言葉がありません。そのため翻訳が難しいのですが、日本語のオノマトペは状況をとても正確に表していると思います」

 国際文化学研究科では、日本の漫画のオノマトペがさまざまな言語でどう翻訳されているかを研究した。「スペイン語では、日本語のオノマトペの意味合いを説明するような訳し方もあれば、翻訳者が新しいオノマトペを作り出す場合もあります。一方で、韓国語はもともとオノマトペが多いですね」という。

神戸に住んだ3年半は、研究にとどまらず、生きた日本語に触れる機会でもあった。「漫画には関西弁もよく出てくるんです。だから神戸に住んだことが翻訳にとても役立っているし、ほかの方言、例えば広島弁などを初めて見ても、なんとなく意味が分かるようになりました」と笑う。

神戸大学への留学中、国内各地を旅行したり、日本人や各国の留学生と交流したりした経験も、今の仕事に大いに生きている。「日本文化に対する知識、理解を深めることができただけでなく、今でも、分からないことがあればすぐ友人に質問できます」。留学中には約1カ月間、韓国での語学研修プログラムにも参加した。日本からスペインに戻った後も大学院でオノマトペの研究を続け、博士号を取得。「言語が大好きなんです。それが今の仕事のやりがいにつながっています」と話す。

神戸は第二の古里。国際性が魅力

翻訳者としての活動は、神戸大学に留学する前から始まっていた。2008年、芥川龍之介の小説『羅生門』を、出身地のガリシア地方で使われているガリシア語に訳し、コンクールで賞を受けた。それをきっかけに、現地在住の日本人と協力し、日本の作品のガリシア語訳に取り組み始めた。谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』、さらに村上春樹の小説『アフターダーク』を手掛けた。

その後、村上作品のスペイン語訳も依頼されるようになった。『羊をめぐる冒険』『ダンス?ダンス?ダンス』『1Q84』『女のいない男たち』などを翻訳。一読者としてではなく、翻訳をするようになってから、作品の面白さにさらに引き込まれたという。「真剣なテーマを扱い、現実の世界について書いているけれど、ファンタジー的な要素もユーモラスな部分もある。読めば読むほど面白くなります」

 

インタビューに応じるガブリエル?アルバレス?マルティネスさん

大学院を修了後、プロの翻訳家として活動するようになってからは、漫画の翻訳の仕事が増えた。ホラー漫画家として有名な伊藤潤二の『富江』シリーズ、松本大洋の『ピンポン』など、スペイン語版を手掛けた作品は約200冊にのぼる。最近はフランスの漫画の翻訳も手掛け、活動の幅がさらに広がっている。

「翻訳の仕事は、さまざまなジャンル、テーマ、物語に出会うことができる楽しさがあります」とその魅力を語る。反面、日々ひたすらパソコンに向かう孤独な作業でもあり、「人とのコミュニケーション、仕事以外の時間を大切にしたくて、アコーディオンを習い始めました」と趣味の世界も広げる。

今後は、日本のノンフィクション作品の翻訳にも取り組みたいと考えている。小説では、筒井康隆らの作品に関心を持つ。「出版社から依頼を受けるだけでなく、自分が選んだ日本の作品をスペインで紹介したい」と意欲を見せる。

2024年10月には「神戸大学留学生ホームカミングデイ」に招かれ、講演した。神戸を「第二の古里」といい、「今までいろいろな国に住んだことがありますが、その中で一番国際的な街だと思います」と語った。翻訳を手掛けてきた村上春樹とゆかりの深い街でもある。そこで結んだ多くの縁を大切にしながら、これからもスペインと日本の交流に力を注ぐ。

略歴

Gabriel ?lvarez Martínez(ガブリエル?アルバレス?マルティネス) 1985年、スペインガリシア州生まれ。2008年、スペイン?ビーゴ大学卒。2010年に来日して神戸大学大学院国際文化学研究科の研究生となり、2012年4月、同研究科博士課程前期課程に入学。2014年、修了。2016年、ビーゴ大学で博士号取得。好きな村上春樹作品は、自身でスペイン語翻訳を手掛けた『ダンス?ダンス?ダンス』『羊をめぐる冒険』。川上弘美、宮沢賢治らの作品も翻訳している。スペインガリシア州在住。

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