神戸大学大学院人間発達環境学研究科の朝田愛理大学院生、丑丸敦史教授らの研究グループは、桜美林大学リベラルアーツ学群の大脇淳准教授とともに、日本の多様な土壌環境に着目し、火入れのみで、絶滅の危機に瀕している多くの草原性植物種を効果的に維持できる環境を明らかにしました。

数千年以上にわたって人の管理によって維持されてきた半自然草原は、近代化や管理者の減少?高齢化により世界的に減少し、多くの植物が絶滅の危機に瀕しています。伝統的な管理方法である火入れや草刈り、放牧が多様性維持に有効ですが、放牧や草刈りは重労働であるため、近年は火入れのみでの管理が増加しています。

本研究では、土壌環境によって火入れの効果は異なり、富士山麓のより新しい年代に形成された溶岩流上においては、火入れによって非常に多くの草原性の絶滅危惧植物種が生育できていることを明らかにしました。 

本研究成果は、1月31日(日本時間)に国際誌「Plants, People, Planet」に掲載されました。

ポイント

  • 火入れは広範囲の草原管理に適しているが、火入れのみの管理を行うと絶滅危惧植物種の多様性が減少してしまうことが知られていた。
  • 山梨県梨ヶ原では、火入れのみでも、溶岩流上には非常に多くの草原性絶滅危惧植物が生育してることを発見した。
  • 溶岩流上では、酸性土壌が浅く形成されることで、植生の高さが低く抑えられ、絶滅危惧種など多くの草原性種の共存が可能となっていることを初めて明らかにした。

研究の背景

数千年以上にわたって火入れ※1や放牧、草刈りなど人の管理によって維持されてきた半自然草原※2は、近代化による草原利用の減少や管理者の減少?高齢化などの要因によって世界的に大きく減少し、そこに暮らす動植物は個体数を大きく減らしています。日本でも、半自然草原の面積は、100年前に比べて1/10以下に縮小しており、キキョウやムラサキ、オミナエシなど人の文化とも関わってきた草原の植物が姿を消しつつあります。これらの植物の多くは、国や都道府県のレッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)に記載され、国内での絶滅が危ぶまれており、その保全は喫緊の課題になっています。

これまでの研究では、草原の植物の高い多様性を維持するには、国内で広く行われてきた「火入れに加えて草刈りもしくは放牧を組み合わせた伝統的な管理」が有効であることが知られていました。しかし、近年は管理者の減少や高齢化もあり、火入れのみで管理される草原が増えてきています。重労働である放牧や草刈りに比べて、火入れは非常に広範囲の草原をより省力で維持できる有効な管理方法です。

ただし、阿蘇や長野県開田高原の草原では、火入れのみで管理すると、伝統的な管理に比べ、絶滅危惧種など草原性植物の多様性を減少させてしまうことも知られていました。そのため、火入れのみの管理の多様性保全上の有効性については検討が必要です。一方、牛馬がまだ日本に渡来しておらず、人口も少なかった縄文?弥生時代には、数千年にわたり火入れのみで半自然草原が広く維持されていたと考えられており、火入れのみでも植物の多様性が高く維持される環境が日本のどこかにあることが予想されます。

本研究では、日本には火山に由来する多様な土壌環境があることに着目して、火入れのみの管理でも、絶滅危惧種を含めた多くの植物が共存できる環境を、見つけることを目的としました。

研究の内容

方法

山梨県富士吉田市にある梨ケ原(陸上自衛隊北富士演習場)で植生調査を行いました。梨ケ原には、基岩(溶岩流とスコリア堆積物)と形成年代の異なる4タイプの土壌の上に成立する草原(形成年の新しい順に、新溶岩草原、古溶岩草原、新スコリア草原、古スコリア草原)がみられます(図1)。この草原は地元の方による火入れで管理されています(図1)。

図1 調査地の火入れの風景写真(a)と火入れ後の様子(b)。新溶岩草原の植生(c,d)および新スコリア草原の植生(e,f)。

 

調査地内の100箇所(新溶岩草原:30、古溶岩草原:20、新スコリア草原:24、古スコリア草原:26)に1㎡プロットを設置し、枠内の植生と土壌環境要因の調査を行いました。枠内でみられた全維管束植物種を記録し、土壌特性(土壌水分量、土壌硬度、土壌深度、岩石率)および植生特性(植生高、植生被度)を測定しました。植物種は、在来種と外来種、草原性種とそれ以外に分けて、在来草原性種の種多様性をプロットごとに算出しました。また、プロット内の絶滅危惧種の多様性の指標として絶滅危惧種多様度指数(RLI)を以下の式で計算しました。

式1, 2において、Rijは都道府県jにおける種iのレッドリストランク(絶滅=4、絶滅危惧Ⅰ類=3、絶滅危惧Ⅱ類=2、準絶滅危惧=1、その他=0)、Diは種iが分布する都道府県数、Nは本研究で確認された全維管束植物種数、piは各プロット内の種iの在不在(1/0)を表します。

 

結果

今回、4タイプの土壌を比較したところ、形成年代のより新しい溶岩流上で全種、草原性種、絶滅危惧種の最も高い多様性が確認されました(図2, 3)。

図2 基岩タイプごとの植物多様性指標図中の濃い赤色は新溶岩草原、薄い赤色は古溶岩草原、濃い青色は新スコリア草原、薄い青色は古スコリア草原の結果を示す。(a)は全植物種数、(b)は在来草原性植物種数、また(c)はRLIの結果を示す。アルファベットの違いは群間比較の結果、基岩タイプ間で各植物多様性指標に有意差があったことを表している。

 

図3 本研究で確認された国のレッドリストに記載されている絶滅危惧種 (a)ムラサキ、(b)キキョウ、(c)ヒメヒゴタイ、(d)コウリンカ、(e)カイジンドウ、(f)フナバラソウ、(g)スズサイコ。国のレッドリストにおいて、(a)は絶滅危惧Ⅰ類、(b)–(f)は絶滅危惧Ⅱ類、(g)は準絶滅危惧に指定されている。(a)–(d)は溶岩草原でのみ確認された種で、(e)–(g)は溶岩草原とスコリア草原両方で確認された種。

 

パス解析の結果(図4)、溶岩上では土壌が浅く、植生高が低いこと、より新しい基岩上で岩の露出することがわかりました。また、別の解析から、新溶岩草原では他のタイプの草原に比べて土壌がより酸性であることがわかりました。解析の結果、絶滅危惧種の多様性は、土壌が浅く酸性で、岩が露出し、植生高が低い(植物の高さが低い)環境で、高くなることも明らかになりました(図4)。

以上から、新溶岩草原では、特別な土壌環境(浅い、酸性、岩の露出が多い)と植物があまり大きく成長しないことにより、火入れのみで管理されているにもかかわらず、多様な草原性の絶滅危惧種が生育できることが示唆されました。

図4 レッドリスト指数(RLI)のパス解析結果 統計的に有意な関係(P < 0.05)のみを示す。黒矢印は正の効果、赤矢印は負の効果を示す。基盤岩からの正の矢印は、溶岩がスコリアより高い値を示すことを表す。略語は以下の通り:bedrock(基盤岩の種類)、age(基盤岩の年代)、N(全抽出可能窒素量)、P(土壌リン含有量)、pH(土壌pH)、SWC(土壌水分含量)、SH(土壌硬度)、SD(土壌深)、RSC(岩石?石の被覆率)、VH(植生高)、VC(植生被覆率)、AC(空間自己共分散)。

今後の展開

現在、半自然草原は日本で最も失われた生態系であり、そこに暮らす動植物は保全の優先度が高い生き物たちです。管理放棄により樹林化が進み草原が広く失われていく中で、火入れによる管理は解決策の可能性の一つです。本研究では、草原環境を守るだけでなく、植物多様性を保全する上でも、火入れのみによる管理が有効な草原があることを初めて示しました。また、本結果に基づくと、土壌が浅く、基岩が露出した草原では、他地域でも火入れだけで豊かな植物多様性を維持できるかもしれません。

現在、安全面などの問題から、火入れすらもやめてしまい、放棄される草原が全国的に増えてきており、草原性植物の絶滅に拍車がかかっています。今後、富士山麓の溶岩上以外にも絶滅危惧種が多くみられる火入れ草原を見つけ、その環境を明らかにすることで、火入れの草原保全における有効性が明らかにされること、それにより火入れによる管理が継続されていくことが期待されます。

用語解説

※1火入れ

草原管理のために、春先の植物が芽吹く前に、範囲内の生きた植物体や枯れ残った前年の植物体を広い範囲にわたり一気に焼く草原管理方法。日本各地で、縄文?弥生時代以降、半自然草原の管理方法として用いられてきたとされる。地域の多くの住民が参加して行われる。小面積から枯れた植物体を1箇所に集めて焼く「野焼き」としばしば区別されることがある。

※2半自然草原

人間が管理することで維持される草原。人間の管理なしで成立する自然草原とは異なり、管理されなくなると森林化してしまう。 

謝辞

本研究は、科研費基盤B(19H03303, 24K01782)と環境研究総合推進費(JPMEERF20234005)の支援を受けて行われました。また、データ取得においては、富士吉田市外二ヶ村恩賜県有財産保護組合および陸上自衛隊北富士駐屯地の許可のもと実施しました。

論文情報

タイトル

Prescribed burning effectively maintains threatened species in semi-natural grasslands on lava flows(和訳:溶岩流上の半自然草地において、火入れは絶滅危惧種を効果的に維持する)”

DOI

10.1002/ppp3.10629

著者

Airi A. Asada(朝田愛理), Atsushi Ohwaki(大脇淳), Yuki A. Yaida(矢井田友暉), Fuma Kawakami(川上風馬), Masaki Masuda(増田祐季), & Atushi Ushimaru(丑丸敦史)

掲載誌

Plants, People, Planet

研究者

SDGs

  • SDGs15