神戸大学大学院医学研究科内科学講座循環器内科学分野の鈴木雄也医学研究員、江本拓央医学研究員、平田健一名誉教授、同分野不整脈先端治療学部門の福沢公二特命教授、大学院科学技術イノベーション研究科先端医療学分野の山下智也教授らの研究グループは、淀川キリスト教病院心臓血管外科佐藤俊輔部長との共同研究にて、シングルセルRNAシークエンス解析およびシングルヌクレイRNAシークエンス解析を用いて、心房細動の左房組織において、マクロファージから上皮成長因子(Epidermal growth factor:以下、EGF)ファミリー分泌蛋白であるアンフィレグリンが、線維芽細胞のEGF受容体にリガンドして結合し、線維化促進シグナルを介して心房の線維化に関与して心房細動の機能的バイオマーカーとなる可能性を証明することに成功しました。今後、このデータをもとにした心房細動に対する抗線維化を目指した治療法の開発が期待されます。

この研究成果は、12月2日に、Communications biology 誌に掲載されました。

ポイント

  • 心房細動の左心房組織をシングルセル/ヌクレイRNAシークエンス解析を行いその特徴を捉えた。
  • 心房細動の左心房組織では、正常心と比べ、IL-1βを強発現する炎症性マクロファージの割合が増加する一方、組織常在性のマクロファージの割合が減少する傾向にあった。
  • IL-1βを強発現する炎症性マクロファージが線維化と強く関連する線維芽細胞にEGFシグナルを伝達していた。
  • EGFシグナルのリガンドであるアンフィレグリンが持続性心房細動の血液中で増加していた。

研究の背景

心房細動は、心房が不規則に興奮することで不整脈を起こし、動悸や心不全を来しうる、また心房内に血栓が形成されやすくなって脳梗塞のリスクを高める疾患です。高齢化社会において、その発症率は増加しており、効果的な治療法の開発が急務とされています。近年の急速な分析技術の進歩により、対象とする組織について、1細胞ごとに網羅的に遺伝子発現を解析することのできるシングルセル/ヌクレイRNAシークエンス解析技術※1が開発され注目を集めています。これまで弁膜症患者の心房組織についてはシングルセルRNAシークエンス解析が行われましたが、心房細動単独の心疾患についてはサンプルが得難く報告がありませんでした。心房細動に炎症が深く関わることは明らかにされてきましたが、どのような免疫細胞が周囲の非免疫細胞と関連して、病態に関係するのかは明らかになっていませんでした。

研究の内容

本研究では、淀川キリスト教病院で胸腔鏡下左心耳切除術の適応となった患者のうち、研究に同意いただいた心房細動8例に対してシングルセルRNAシークエンス解析を用いて免疫細動の解析を実施しました。結果、骨髄球系の細胞であるマクロファージと単球は、5つのマクロファージ、3つの単球の集団に分けることができました。さらに、心房細動と正常心(公開データ)を比較すると、心房細動では、正常心と比べ、IL-1βを強発現する炎症性マクロファージが増加傾向にある反面、組織のメインテナンスを行う常在性のマクロファージが減少傾向にありました。そして、組織常在性マクロファージの電子顕微鏡像を捉えることに成功しました。また、アンフィレグリンの遺伝子発現が、心房細動のIL-1βを強発現する炎症性マクロファージにおいて、正常心と比較し増加していることが明らかになりました(図1)。

図1 骨髄球系細胞のシングルセルRNAシークエンス

 

また、心房細動5例に対してシングルヌクレイRNAシークエンス解析を用いて非免疫細胞に関する解析を実施しました。5つの線維芽細胞の集団に分けることができ、線維化と強く関連するCD9、TIMP1を強発現する線維芽細胞の集団を特定しました(図2)。

図2 線維芽細胞(FB)と免疫細胞との細胞間相互作用解析

 

骨髄球系細胞と線維芽細胞の細胞間相互作用の解析から、IL-1βを強発現する炎症性マクロファージが線維化に強く関連する線維芽細胞にEGFシグナルを伝達していることがわかりました。この結果は、心房細動が発生し進展する病態において、免疫細胞からEGFファミリー分泌蛋白アンフィレグリンが、線維芽細胞のEGFRにリガンドして結合し、線維化促進シグナルを介して心房の線維化に関与する可能性を示唆されました。

さらには、心房細動患者と非心房細動患者の血漿を用いて、血液中のアンフィレグリンが進行した心房細動患者(7日以上持続する心房細動患者)でのみ発現していることがわかりました(図3)。この結果からアンフィレグリンは心房細動の進展と持続に関与する新たなバイオマーカーである可能性が示唆されました。

図3 血漿中のアンフィレグリン(AREG)の発現

 

今後の展開

今回の研究では、心房細動患者の左心房組織において、炎症性マクロファージが線維化と関連する線維芽細胞に線維化促進シグナルを伝達することを捉えることに世界で初めて成功し、血液中アンフィレグリンが心房細動の機能的バイオマーカーとなりうる可能性を初めて見出しました。今後、このデータをもとにした心房細動患者の線維化の改善を目指した治療法の開発が期待されます。

用語解説

※1 シングルセルRNAシークエンス解析技術/シングルヌクレイRNAシークエンス解析技術:

1細胞ごとに網羅的に遺伝子発現を解析する技術のこと。

論文情報

タイトル

"Left atrial single-cell transcriptomics reveals amphiregulin as a surrogate marker for atrial fibrillation"

DOI

10.1038/s42003-024-07308-w

著者

鈴木雄也、江本拓央、佐藤俊輔、吉田武司、庄田光彦、遠藤広美、濱名智世、長尾学、井上大志、林友鴻、仁田英里子、小西弘樹、木内邦彦、髙見充、今村公威、谷口将之、井上雅智、中村俊宏、園田祐介、高原宏之、仲宗根和孝、山本恭子、谷賢一、岩井秀浩、中西祐介、米原昇吾、村上篤志、大川剛直、杜隆嗣 、古屋敷智之、仁田亮、山下智也、平田健一、福沢公二

掲載誌

Communications biology

研究者

SDGs

  • SDGs3