鹿児島大学 天の川銀河研究センターの馬場淳一特任准教授は国立天文台の辻本拓司助教、神戸大学大学院理学研究科の斎藤貴之准教授と共同で、天の川銀河内における太陽系の移動とその周辺環境の変化に関する数値シミュレーションを実施しました。その結果、太陽系が約46億年前に現在の位置よりも銀河系中心に近い危険な環境で誕生し、長い年月をかけて安全な外側領域に移動してきたことを示す新たなメカニズムを明らかにしました。

本研究では、天の川銀河系の構造進化が太陽系の移動に寄与する可能性を初めて詳細に解析しました。また、太陽系が移動する過程で周辺環境がどのように変化し、それが地球上での生命の進化にどのような影響を与えたのかについて、さまざまな視点からの考察を行っています。この研究により、「銀河ハビタブル軌道」という新しい概念が生まれ、従来の空間的な「銀河ハビタブル領域」という考え方を超えた動的な生命環境の理解に向けた新たな視点が示されました。さらに、この研究は、太陽系以外の惑星系における生命適応環境の多様性や、惑星系進化における銀河ダイナミクスの役割を考察するための新たな道筋を示しています。

本研究の成果は、2024年11月26日に、The Astrophysical Journal Lettersに掲載されました。

研究背景

私たちの住む太陽系が天の川銀河(銀河系)のどこで誕生し、どのようにして現在の位置にたどり着いたのかを明らかにすることは、天文学の重要なテーマの一つです。太陽系は現在、銀河系中心から約2万7,000光年の位置を周回していますが、46億年前に太陽が誕生した際にはこの場所には存在しなかったと考えられます。むしろ、太陽系は現在よりも銀河系中心に近い約1万7,000光年の位置で形成された可能性が高いことが、これまでの研究から示唆されています。

太陽系移動の謎

この仮説を支える根拠の一つは、太陽系の化学組成です。太陽系の重元素(炭素、酸素、鉄などの金属元素)(注1)が量は、周囲にある同世代の星々と比べて異常に高いことが知られています。このような特徴を持つ星は、銀河系中心付近で誕生する傾向があるため、太陽も銀河系の内側の領域で形成されたと考えられます。一方で、現在の太陽系の位置は銀河系中心から遠く離れた領域にあるため、太陽系は誕生から現在までの46億年の間に大きく移動してきたと考えられています。しかし、この大移動が銀河系の進化の中でどのように起こったのかは、長らく謎のままでした。

銀河構造と生命のゆりかご

銀河系内の異なる領域は、星形成(注2)や宇宙放射線環境、化学的な豊かさに大きな違いがあります。銀河系中心に近い領域は、星形成が活発で、超新星爆発(注3)やガンマ線バースト(注4)が頻繁に発生する「生物にとって危険な環境」です。一方、銀河の外側はこれらの放射線リスクが低く、比較的安全な領域とされています。このような環境の違いが生命の進化にどのような影響を与えたのかを理解するためには、太陽系の移動経路とその過程での周辺環境の変化を詳しく解析する必要があります。

本研究の動機

これまでの研究により、太陽系が現在の位置に至るまで銀河系内を大きく移動してきた可能性が示されています。この移動の過程で太陽系がどのような環境を経験し、それが地球上での生命の発展にどのように影響したのかを解明することが重要です。銀河系構造の動的な進化を考慮すると、太陽系の移動履歴を解析することは、従来の「銀河ハビタブル領域」(注5)という空間的な概念を超えた新たな視点を提供する可能性があります。そこで本研究では、太陽系の移動メカニズムとその過程での環境変化を解析することで、「銀河ハビタブル軌道(Galactic Habitable Orbits)」という新たな概念を提案しました。

研究内容?成果

太陽系の移動メカニズムの効率

本研究では、太陽系が銀河系内でどのように誕生し、現在の位置まで移動してきたのかを解析するために、天の川銀河の「時間変化」を考慮した数値シミュレーションを行いました。このシミュレーションでは、太陽系が現在の位置(銀河系中心から約2万7,000光年)に到達するまでの可能な移動経路と、その際に経験した周辺環境の変化を詳細に調べました。特に、以下の2つの移動メカニズムが明らかになりました(図1)。

1.銀河系棒状構造の減速による移動

太陽系が銀河系棒状構造(バー)(注6)の減速の影響を受けながら、徐々に外側へ移動するメカニズムです。バーの回転速度が減速するにつれ、バーの影響半径が大きくなることで、太陽系の軌道半径が拡大し、現在の位置に到達する可能性が示されました。

2.銀河系渦巻腕の形成破壊による移動

太陽系が銀河の渦巻構造(スパイラルアーム)(注7)との相互作用により自由に移動するメカニズムです。渦巻構造の動的な振る舞い(消滅と再形成、巻き込み角度の変化など)が太陽系を効率的に外側へ移動させることが確認されました。

これらのシナリオに基づく数値シミュレーション結果では、どちらのメカニズムでも太陽系が誕生地(約1万7,000光年)から現在の位置(約2万7,000光年)へ移動可能であることが示されました。特に、銀河バーの減速と渦巻構造の動的進化を組み合わせた「進化モデル」は、最も効率的に太陽系を移動させることができることが分かりました(図1右側パネル)。

図1 (左)馬場特任准教授らが提案した太陽系軌道移動の理論モデルを基にした想像図(天の川銀河の想像図:岩下慎吾作成、Credit: 国立天文台)。現在、太陽系は天の川銀河(銀河系)中心から約2万7,000光年の位置にあるが、46億年前に誕生した場所は銀河系中心から約1万7,000光年の位置であったと推定されている。本研究では、天の川銀河の時間とともに変化する棒状構造や渦状腕構造の影響によって、太陽系が現在の位置まで移動したことを明らかにした. 
(右)太陽系が銀河中心から約1万7,000光年付近で誕生し、46億年後にどのような距離に位置するかを示した確率分布図。銀河系の棒状構造や渦状腕構造がダイナミックに時間変化する場合、太陽系の位置は効率的に変化し、約1%の確率で現在の位置にたどり着くことが可能であることが示されている。

移動過程での周辺環境変化

太陽系の移動中に経験した銀河環境の変化は、地球の生命環境に大きな影響を与えた可能性があります(図2)。以下の要点が特に重要です:

1.宇宙放射線環境の変化

太陽系が誕生した銀河系中心付近では、超新星爆発やガンマ線バーストが現在の2倍以上の頻度で頻発し、生命にとって非常に危険な高放射線環境にありました。しかし、移動を通じて現在の位置に到達することで、放射線リスクが大幅に軽減されました。これにより、地球上で生命が進化するための安定した環境が形成された可能性があります。

2.彗星流入量の変化

銀河系の重力場や近隣の恒星との遭遇による地球軌道への彗星流入量の変動も解析しました。誕生当初、太陽系には多くの彗星が流入し、これらに含まれる水や有機分子が地球に供給され、生命の材料となった可能性があります。一方で、現在の位置では彗星流入量が減少し、安定した環境が維持されました。

このように太陽系は銀河系中心の危険な領域から安全な現在の位置へと移動し、生命に適した環境を形成するに至ったと考えられます。

図2:馬場特任准教授らによる太陽系軌道移動モデルに基づく周辺環境の変動の様子 (左)太陽系の軌道半径が時間とともにどのように変化したかを示した図。オレンジ色の線は棒状構造の影響を受けた場合の太陽系軌道の例、緑色の線は渦状腕の影響を受けた場合の例を示している。背景の色は、銀河系内での超新星爆発頻度の違いを表している。 
(右)上記2つの軌道変化における太陽系周辺の超新星爆発頻度と彗星流入率の時間変化を示した図。太陽系が誕生した過去の時代には、周辺で超新星爆発やガンマ線バーストが頻繁に発生しており、銀河系の重力影響による彗星流入率も高かったと予測される。特に、棒状構造の影響を受けた場合(オレンジ色の線)では、太陽系が長期間銀河系内側の領域に留まるため、近傍での超新星爆発や高い彗星流入率を経験する可能性が高い。このように、軌道運動の違いにより、太陽系周辺の環境変動のパターンが大きく異なり、それが地球上の生物進化に与える影響も変わることが示されている。

銀河ハビタブル軌道(Galactic Habitable Orbits)の提唱

本研究の結果は、従来の「銀河ハビタブル領域」という空間的な概念に代わり、恒星が移動する過程で経験する環境変化を考慮した「銀河ハビタブル軌道(Galactic Habitable Orbits)」という新しい概念を提案する基盤となりました。この概念は、銀河内での恒星移動の履歴が生命進化に与える影響を包括的に理解するための枠組みを提供します。

結果の意義と今後の展望

本研究により、太陽系が誕生から現在の位置に到達するまでに経験した銀河環境の変化が、地球上での生命の誕生と進化にどのように寄与したのかについて、体系的に理解を深める重要な手がかりが得られました。特に、太陽系が高放射線環境である銀河系中心付近から比較的安全な現在の位置へ移動した過程で、生命に適した環境が形成された可能性が示唆されました。これにより、銀河系のダイナミクスが惑星系の進化や居住可能性に与える影響を考える上で、新たな枠組みを提供します。

さらに、本研究は、銀河系内の他の恒星系についても、異なる移動経路や環境変化が惑星系の多様性や生命進化の可能性をどのように形作るかを考察するための重要な基盤を提供します。この成果は、従来の「銀河ハビタブル領域」という空間的な概念を超えた、銀河スケールでの動的な生命環境理解の発展に貢献します。加えて、「銀河ハビタブル軌道(Galactic Habitable Orbits)」という新たな概念を提示することで、銀河全体の恒星や惑星の形成?進化プロセスを包括的に理解するための新しい視点を切り開きました。

本研究の成果は、銀河系外の銀河を含む広い宇宙における惑星系形成や生命進化の普遍的な条件を探る上でも、今後の観測的および理論的研究における指針となるでしょう。

用語解説

注1)重元素 
天文学において、「重元素」とは主に炭素、酸素、鉄などの水素とヘリウム以外の元素を指します。ただし、リチウム、ベリリウム、ボロンは例外であり、重元素には含まれません。これらの元素は、恒星内部での核融合ではなく、宇宙線の作用や初期宇宙での特殊な核反応によって生成されたと考えられています。一般的な重元素は、恒星内部での核融合反応や超新星爆発、さらには中性子星合体などの過程を通じて生成され、宇宙空間に供給されます。

注2)星形成 
ガスと塵が重力によって集まり、核融合を開始して新しい恒星が誕生する過程を指します。銀河系内では、特に渦巻腕の領域で活発に行われています。また、銀河系の内側ほどガスや重元素が豊富であるため、星形成活動がより高い傾向があります。一方、銀河系の外縁部では星形成活動が抑制される傾向があります。

注3)超新星爆発 
大質量の恒星が進化の最終段階で起こす大規模な爆発現象です。この爆発によって、多くの重元素が宇宙空間に放出されます。また、超新星爆発からは高エネルギーのガンマ線やX線といった放射線が放出されます。これらの高エネルギー放射線は周囲の惑星系の環境に大きな影響を与える可能性があります。

注4)ガンマ線バースト 
宇宙で観測される最もエネルギーの高い爆発現象の一つで、通常数秒から数分間にわたって強烈なガンマ線を放出します。この現象は大質量恒星の超新星爆発や中性子星の合体によって引き起こされるとされています。ガンマ線バーストは、その放射のエネルギー密度が極めて高いため、近傍の恒星系や惑星に重大な放射線リスクをもたらす可能性があります。生命の進化においては、ガンマ線バーストによる放射線被曝が重大な環境ストレスとなることが考えられます。

注5)銀河ハビタブル領域 
銀河系内で、生命が進化するために適した環境を持つ領域を指します。この領域では、生命の進化や維持に必要な条件が揃っていると考えられます。具体的には、恒星や惑星系の形成に必要な重元素が適度に存在する一方で、過剰な放射線による生命への致命的な影響が避けられる環境が求められます。銀河系中心に近すぎると、超新星爆発やガンマ線バーストが頻発し、高エネルギー放射線の影響で生命が進化しにくいと考えられます。一方、銀河系外縁部では重元素が不足しており、惑星形成や生命進化の条件が整いにくいとされます。

注6)銀河系棒状構造(バー構造、バー) 
銀河系中心部に存在する棒状の恒星の集まりで、銀河の構造とダイナミクスに大きな影響を与えます。銀河バーは時間とともに回転速度が減速する特徴があり、これには暗黒物質の影響が関係しています。銀河バーが暗黒物質の分布と相互作用する際に摩擦を受けて、バーの回転運動エネルギーが暗黒物質に奪われることで回転が遅くなります。この減速によって、バーの重力が周囲の恒星や惑星系に及ぼす影響が変化し、恒星や惑星系の軌道が外側へ移動する効果をもたらします。

注7)銀河系渦巻構造(渦状腕、スパイラルアーム) 
銀河ディスク内に見られる渦巻き状の恒星やガスの分布構造です。渦状腕は、星形成が活発に行われる場所であり、恒星や惑星系に重力的な影響を与え、その軌道を変える要因となることがあります。また、渦状腕は銀河の回転によって形成され、時間とともに崩壊や再形成を繰り返す動的な構造です。この特性により、恒星やガス雲の運動に大きな変化をもたらすことがあり、例えば、太陽系のような恒星が渦状腕との相互作用を経験することで軌道が外側へ移動する可能性が示唆されています。

謝辞

本研究は、主に日本学術振興会JSPS科研費(21H00054, 21K03633)の支援を受けて行われたものです。また、JSPS科研費(21K03614, 22H01259, 22K03688, 22K18280, 23H00132, 24K07095)の支援を受けています。

論文情報

タイトル 
"Solar System Migration Points to a Renewed Concept: Galactic Habitable Orbits"

DOI 
10.3847/2041-8213/ad9260

著者 
Junichi Baba, Takuji Tsujimoto, & Takayuki R. Saitoh

掲載誌 
The Astrophysical Journal Letters

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研究者