神戸大学大学院医学研究科外科系講座麻酔科学分野の上野喬平特定助教、溝渕知司教授、大城宜哲客員准教授らの研究グループは、難治性疼痛(治療が難しい痛み)を抱える患者に対し、脊髄に微弱な電流を流すことによって痛みを和らげる「脊髄刺激療法」の効果を、治療前に脳機能画像から予測できる方法を解明しました。脊髄刺激療法は、手術や薬物療法で鎮痛効果を得られない慢性の難治性疼痛治療に有効ですが、太い針を用いて電極を挿入したり、手術によって体に電極や電池を埋め込むため患者には大きな負担がかかります。脳機能画像を使って事前に治療の奏功を予測できれば、より多くの患者に適した治療法を選択しやすくなり、無駄な手術や負担を避けることが可能になります。

今回の研究では、脳の中で痛みの感じ方に深く関わっている「前帯状回」と「楔前部/後帯状回」という部位間の結びつきが強ければ強いほど、痛みの改善効果が乏しいことが分かりました。今後、新たな脳部位の発見や、脊髄刺激療法の適応や効果判定を事前に予測できることが期待されます。

この研究成果は、11月30日に『British Journal of Anaesthesia』に掲載されました。 

 

ポイント

  • 侵襲的な脊髄刺激療法※1の治療前にfunctional MRI (fMRI)※2を測定し、特定の脳部位のつながりと痛み改善率が負の相関を示すことを明らかにした。
  • 痛みの身体化に関わるデフォルトモードネットワークと痛みの苦痛に関わるサリエンスネットワークとの異常が治療反応性に関わっている可能性があることを発見した。
  • 今回の発見は、脳機能検査が痛み治療の様々なバイオマーカーとなる可能性を示している。

研究の背景

近年、脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)は難治性慢性痛の治療法として注目を集めていますが、その効果は患者ごとに異なります。したがって、事前に患者の反応性を予測することが必要です。脊髄刺激療法が常に効果的な治療法であるかどうかは不明であり、通常、各患者の効果は、永久植え込みの前に数日から2週間の短期間のSCS試験で評価されます。この試験は短期間ですが、体に負担がかかるため、より安全な方法が求められています。そこで、非侵襲的な評価方法であるfMRIを用いて脊髄刺激療法の反応性を予測できる可能性に注目しました。脊髄刺激療法は神経障害性疼痛に効果があるとされていますが、社会心理的要因が強い患者には効果が限られることもあります。このため、個々の患者における脊髄刺激療法の効果を予測する新たなアプローチが必要です。私たちは以前、鎮痛薬のケタミン投与後に痛みが緩和された率が、投与前の内側前頭前野と楔前部との間の脳機能結合の強さと負の相関を示すことを報告しました。これらの領域は慢性痛に関連すると考えられているデフォルトモードネットワーク(DMN)※3の重要な部分です。本研究では、DMNに焦点を当て、さらにDMNとサリエンスネットワーク(SN)※4間の機能的関係の変化が痛みの慢性化に関連していることを考慮しました。実際、慢性痛患者を対象としたいくつかの以前の研究は、これらのネットワークにおける脳のつながりの変化を報告しています。したがって、これらのネットワーク間の機能的結合を分析して脊髄刺激療法に対する反応性を予測できるかどうかを検討しました。

研究の内容

本研究では、神戸大学医学部附属病院で行われた脊髄刺激療法試験に参加した患者を対象としました。対象者は、慢性的な痛みが3ヶ月以上継続し、fMRIスキャンを受けた20歳以上の患者です。条件として、脳に器質的な疾患がないことと、痛み以外で抗精神病薬を服用していないことが求められました。参加者は、脊髄刺激療法の導入に先立ち、脳機能結合の評価と痛みの強度をNRS(患者が感じている痛みの強さを0~10の数字で評価する数値評価尺度)で測定しました。解析方法としては、まず脳内で5つ、痛みに関連すると考えらえる中心領域を設定しました。これらの領域は、慢性痛やペインマトリックスと関連のあるデフォルトモードネットワークの一部である内側前頭前野、後帯状回、サリエンスネットワークの一部である中前帯状回、および左右の前島皮質です(図1)。次に、治療有効群(R群)と治療非有効群(NR群)を比較し、これらの脳部位と有意な脳機能結合の差を算出しました。さらに、NRSで治療前後の痛み改善率とこれらの脳部位において有意な相関がある脳機能結合部位も分析しました。R群は脊髄刺激療法施行後にNRSが50%以上改善した患者で、NR群はNRSが50%以下の改善を示した患者としました。

本研究には29名の患者が参加し、14名がR群、15名がNR群となりました。R群はNR群に比べて、治療後の痛みの軽減や心理的評価スコアが有意に改善されました。また、脳機能結合の評価では、中前帯状回と楔前部/後帯状回間のFC強度がR群では低く、NR群では高いことが確認されました(図2)。さらに、中前帯状回と楔前部/後帯状回間においてFC強度が痛みの改善率と負の相関を持つことも明らかになりました(図3)。

図1:脳部位のうち中心領域と設定した部位 

 

図2:中前帯状回を中心とした時のR群とNR群間の有意な脳機能結合部 脊髄刺激療法施行前の中前帯状回と楔前部/後帯状回の機能的結合はNR群に比べR群で負の結合が有意に強かった。

 

図3:中前帯状回を中心とした時の有意な脳機能結合部位と疼痛緩和率との相関関係 脊髄刺激療法施行前の中前帯状回と楔前部/後帯状回の機能的結合は脊髄刺激療法による疼痛改善率と負の相関を示した。

今後の展開

fMRI は採血のように針を刺すなど侵襲的な処置でない検査方法であり、今回の結果のように脊髄刺激療法の効果予測の方法として確立すれば患者に痛みを伴う処置を行わずに別の治療を選択できる可能性があります。脳の機能はそれぞれの部位で連関しており、今後も研究を重ねることで、新たな事前評価予測の指標となる脳部位の発見につなげられ、様々な治療分野で役に立つことができると想定されます。

用語解説

※1:脊髄刺激療法

慢性疼痛の管理において重要な治療法。硬膜外腔に電極を挿入し、その電極から電気刺激を与えることで、脊髄の神経に信号を送り、痛みの情報伝達を妨げる仕組み。刺激の強さや周波数は患者の個々の状態に応じて調整されるため、最適な疼痛緩和が図れる。この治療法は、通常、他の治療法が効果を示さない場合に検討される。慢性疼痛に悩む患者にとって有用な選択肢であり、特に神経障害性疼痛や手術後の痛みなどに対して効果が期待されている。

※2:functional MRI

脳の活動をリアルタイムで観察するための非侵襲的な画像診断技術のこと。この方法では、脳がどのように働いているかを測定するために、血流の変化を追跡する。脳が特定の作業を行うと、その部分の神経細胞が活発になり、酸素を必要とするため、血流が増加する。この血流の変化を捉えることで、脳のどの部分がどのような活動に関与しているかを視覚化することができる。fMRIは、脳の機能を研究する際に非常に有用であり、例えば、認知機能や感情、感覚の処理など、さまざまな心理的?生理的なプロセスを理解するために利用される。

※3:デフォルトモードネットワーク (DMN)

脳の特定の領域が安静時に活発になる神経回路の集まりのこと。通常、外部の刺激に反応したり、注意を向けたりしているときには活動が低下するが、何もしていないときや内面的な思考をしているときに活発になる。DMNは、内側前頭前野、楔前部、後帯状回などの脳の部位から構成されており、自己関連的な思考や他者との関係、社会的な状況の理解に重要な役割を果たしている。このネットワークは、創造性や問題解決、感情の処理など、さまざまな認知機能とも関連している。DMNの機能の理解は、精神的な健康や神経疾患の研究にも役立っている。

※4:サリエンスネットワーク(SN)

脳内の重要な神経回路で、感情的、身体的、社会的な刺激に対する注意や反応を調整する役割を担っている。このネットワークは、特に環境の変化や危険を認識し、必要な行動を促すために重要である。主な構成要素として、前島皮質や前帯状回が含まれ、これらの領域は、痛みや感情、動機づけの処理に関与している。サリエンスネットワークは、DMNとの相互作用によって、状況に応じた適切な行動を選択するための意思決定をサポートする。

謝辞

本研究は、JSPS科研費21K16482の助成を受けて行われました。

論文情報

タイトル

"Resting-state brain functional connectivity in patients with chronic intractable pain who respond to spinal cord stimulation therapy: A retrospective observational study"

DOI

10.1016/j.bja.2024.10.011

著者

Kyohei Ueno, Yoshitetsu Oshiro, Shigeyuki Kan, Yuki Nomura, Hitoaki Satou, Norihiko Obata, Satoshi Mizobuchi

掲載誌

British Journal of Anaesthesia 

 

研究者

SDGs

  • SDGs3