フランス国立科学研究センターおよびフランス国立科学研究院が主導する国際共同研究グループは、沿岸生態系の要となる褐藻の包括的なゲノム解読プロジェクト「Phaeoexplorer」により、約60の新しい全ゲノムの解読に成功しました。プロジェクトには、神戸大学内海域教育研究センターの川井浩史特命教授が企画段階から関わり、Christophe VIEIRA研究員?秋田晋吾研究員(研究当時在籍)とともに神戸大学海藻類系統株コレクション(KU-MACC)で保有する系統株を提供して、各系統群の生物学的特徴と系統関係の解析などを担当しました。

褐藻は海洋生態系の構築や地球規模のバイオマス生産において重要な役割を果たし、さまざまな産業用途にも使用されていますが、その進化の歴史はまだ十分に解明されていません。この研究により、約4億5千万年前に褐藻が出現した際に急速なゲノム進化の時期があったことが特定され、褐藻が沿岸環境に適応するために獲得した様々なゲノムの革新が明らかになりました。これには、藻類の細胞壁に柔軟性を与えて海流に耐えられるようにする物質の生合成や、外敵から身を守ったり岩礁への強固な付着を可能にする物質の代謝系の獲得などが含まれます。こうした形質の獲得により、褐藻は多様な水温環境や季節変化に適応し、潮間帯という過酷な環境でも生存することが可能になり、陸上の緑色植物に匹敵する繁栄を遂げたと考えられます。

これらの研究成果は、沿岸生態系の主要な構成要素であり、沿岸域での炭素吸収?貯留において重要な役割を果たしている褐藻の生物多様性や生存戦略の解明に大きな貢献をすると考えられます。また、本研究で得られたゲノム情報により、遺伝子改変による高い生産性や高温耐性を持つ優良品種の作出も大きく進展することが期待されます。この研究成果は、11月21日 (日本時間)に学術誌「Cell」に掲載されました。

図1:本研究で解析した褐藻類とその近縁種とその生育場所  (?Christophe Vieira, Cell, DOI: 10.1016/j.cell.2024.10.049 CC BY)

 

図2:本研究成果の概要(?Cell, DOI: 10.1016/j.cell.2024.10.049 CC BY)

ポイント

  • 沿岸生態系の要となる生物群である褐藻の全体を網羅する16科40種について60の全ゲノム情報を解読した。
  • 褐藻の出現とほぼ同時期に起こったいくつかの重要なゲノム進化上のできごとが、細胞壁の構築や摂食忌避物質の生成などに関わっていたことが示された。
  • 沿岸生態系の主要な構成要素であり、沿岸域での炭素吸収?貯留において重要な役割を果たしている褐藻の生物多様性や生存戦略を遺伝子という視点から理解する上で大きく貢献するほか、遺伝子改変による高い生産性や高温耐性を持つ優良品種の作出などをめざす研究にも大きな弾みがつくと予想される。

研究の背景

コンブ類やホンダワラ類などの褐藻は、陸上の森林に相当する藻場(もば)をつくり、沿岸生態系の要となる生物群です。褐藻は、紅藻や緑藻とともに海藻と総称されますが、その生物多様性は動物や陸上植物と比較するとまだまだ未知の部分が多く、またそのゲノム解読も遅れていました。その中で、研究グループは2010年に多細胞の海藻で初めて褐藻シオミドロ Ectocarpusの全ゲノムを解読し、海藻のゲノム研究の端緒を開きました。その後、数種の褐藻で全ゲノム情報が報告されましたが、数千種におよぶ褐藻類の多様性から考えると全く不十分な状況にあり、また単細胞の祖先からどのようにして複雑な体制、生活史を持つ褐藻が誕生したのかを理解することは困難でした。

そこで、前述のプロジェクトを発展させ、2014年から褐藻全体を網羅する包括的なゲノム解読プロジェクト(”Phaeoexplorer”:「褐藻研究を切り拓く」の意)を企画、2016年から実施し、今回その成果を取りまとめた論文を発表しました。

研究の内容

本研究により褐藻のほとんどの目を含む、16科40種について60の新たなゲノム情報が明らかになり、褐藻の多様化と繁栄をもたらしたゲノム進化について、多くの新しい知見が得られました。

Phaeoexplorerプロジェクトは、フランス国立科学研究センターおよびフランス国立科学研究院の主導のもと、フランス?ジェノミックプログラムの助成を受け、13カ国100名を超える研究者による国際的な協力体制のもとで実施されました。日本からは前回同様、神戸大学と北海道大学が参加しました。神戸大学からは、内海域環境教育研究センターの川井特命教授がプロジェクトの企画段階から関わり、同センターの秋田晋吾研究員とChristophe Vieira研究員(研究当時在籍)とともに、神戸大学海藻類系統株コレクション(KU-MACC)で保有する系統株を提供し、各系統群の生物学的特徴と系統関係の解析などを担当しました。

褐藻は、海藻の中では最も新しい生物群ですが、数細胞の糸状の単純な種から、ジャイアントケルプのように長さ数十メートルを超える大形で複雑な形をした種まで多様な体制の藻体を作り、また様々な生活史型を進化させることで、世界各地の熱帯から寒帯の比較的深い海から潮間帯まで、極めて多様な環境で繁栄するに至りました。

本研究の成果から、褐藻の進化の早い時期にさまざまな遺伝子の重複による多様化や水平転移、新たなシグナル分子や代謝系の獲得などが起こっていたことが明らかになりました。これらのゲノム進化上のできごとは、巨大な体を作ることを可能にしたアルギン酸やフコイダンなどの多糖類を主体とする細胞壁の構築や、外敵から身を守るハロゲンやフロロタンニンなどの代謝産物を作る酵素の生成に関わっていました。そしてこれらの形質の獲得により、褐藻は多様な水温環境や大きな水温?季節変化に適応し、また潮間帯という過酷な環境でも生存することが可能になり、陸上の生態系の要となっている緑色植物に匹敵する繁栄を実現することができたと考えられます。

図3:褐藻類の主な系統群の成立時期と地球史における重要イベント(?Cell, DOI: 10.1016/j.cell.2024.10.049 CC BY)

今後の展開

沿岸域の藻場の主要な構成要素である褐藻は、コンブやワカメなど食用海藻として経済的な価値が高いだけでなく、大気中の二酸化炭素を吸収?固定して地球温暖化の緩和に役立つブルーカーボンという観点から大きな関心を集めています。しかしながら、海水温の上昇により世界各地で藻場の衰退が深刻化しており、その適応策の検討が喫緊の課題となっています。今回の研究成果は、基礎研究においては褐藻の生物多様性や生存戦略を遺伝子という視点から理解する上で大きく貢献すると考えられます。また、この解析結果によってさまざまな褐藻のゲノムが持つ機能の解析がさらに進み、遺伝子編集などによる遺伝子改変によって高い生産性や高温耐性をもつ優良な品種を作出することなどを目指した応用研究にも大きな弾みがつくと予想されます。

論文情報

タイトル

Evolutionary genomics of the emergence of brown algae as key components of coastal ecosystems

DOI

10.1016/j.cell.2024.10.049

著者

Denoeud, F., Godfroy, O., Cruaud, C., Heesch, S., Nehr, Z., Tadrent, N., Couloux, A., Brillet-Guéguen, L., Delage, L., Mckeown, D., Motomura, T., Sussfeld, D., Fan, X., Mazéas, L., Terrapon, N., Barrera-Redondo, J., Petroll, R., Reynes, L., Choi, S.-W., Jo, J., Uthanumallian, K., Bogaert, K., Duc, C., Ratchinski, P., Lipinska, A., Noel, B., Murphy, A.E., Lohr, M., Khatei, A., Hamon-Giraud, P., Vieira, C., Akerfors, S.S., Akita, S., Avia, K., Badis, Y., Barbeyron, T., Belcour, A., Berrabah, W., Blanquart, S., Bouguerba-Collin, A., Bringloe, T., Cattolico, R.A., Cormier, A., Cruz de Carvalho, H., Dallet, R., De Clerck, O., Debit, A., Denis, E., Destombe, C., Dinatale, E., Dittami, S., Drula, E., Faugeron, S., Got, J., Graf, L., Groisillier, A., Guillemin, M.-L., Harms, L., Hatchett, W.J., Henrissat, B., Hoarau, G., Jollivet, C., Jueterbock, A., Kayal, E., Kogame, K., Le Bars, A., Leblanc, C., Ley, R., Liu, X., Lopez, P.J., Lopez, P., Manirakiza, E., Massau, K., Mauger, S., Mest, L., Michel, G., Monteiro, C., Nagasato, C., Nègre, D., Pelletier, E., Phillips, N., Potin, P., Rensing, S.A., Rousselot, E., Rousvoal, S., Schroeder, D., Scornet, D., Siegel, A., Tirichine, L., Tonon, T., Valentin, K., Verbruggen, H., Weinberger, F., Wheeler, G., Kawai, H., Peters, A.F., Yoon, H.S., Hervé, C., Ye, N., Bapteste, E., Valero, M., Markov, G.V., Corre, E., Coelho, S.M., Wincker, P., Aury, J.-M. and Cock, J.M.

掲載誌

Cell

研究者

SDGs

  • SDGs14