神戸大学大学院医学研究科放射線医学分野の上嶋英介助教、祖父江慶太郎准教授、村上卓道教授らの研究グループは、肝細胞癌内部の免疫環境が予測できるMRI画像所見を発見しました。

肝細胞癌に対する複合免疫治療は腫瘍内部の免疫環境に大きく影響されるため、治療効果が十分ではありませんでした。従来、肝細胞癌の免疫環境の予測は困難であったため、治療を行なって効果が乏しければ別の治療法を行うしかなく、薬物療法の治療効果予測のためのバイオマーカーの開発が急務となっていました。本研究では、「肝細胞癌術前患者のEOB-MRI※1画像所見」と「切除された肝細胞癌検体の腫瘍免疫微小環境※2」の対比を行うことで、腫瘍内の免疫微小環境を空間的に分類し、MRI画像所見との関連を解析しました。その結果、3つの特徴的な画像所見である「腫瘍周囲の造影効果」「腫瘍縁の造影効果」「肝細胞相中間信号」が特殊な腫瘍免疫型であるImmune-excluded phenotypeと関連していることが分かりました。

今後、これらのMRI画像所見を用いることで、より効果の高い治療薬の選択が可能となり、肝細胞癌患者それぞれに最適な治療法を提供する個別化医療につながることが期待されます。この研究成果は、11月13日に、学術誌『Liver Cancer』に掲載されました。 

 

ポイント

  • 肝細胞癌に対する複合免疫療法は腫瘍内の予測困難な免疫環境に左右されるため、その治療効果は十分ではなかった。
  • 体への負担がないMRI検査において、特徴的な3つの画像所見を持つ肝細胞癌がImmune-excluded typeと呼ばれる特殊な免疫環境と関連があることを発見した。
  • これらのMRI画像所見を用いることで、患者ごとにより効果の高い治療薬の選択が容易となり、肝細胞癌患者の個別化医療につながることが期待される。

研究の背景

肝細胞癌は癌死の4位を占める予後不良な疾患です。近年、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬※3が開発され、これらを組み合わせた複合免疫療法が中期以降の肝細胞癌の第一治療となっています。複合免疫療法の導入により一定の治療効果が得られるようになったものの、治療効果が不均一であり十分ではありません。複合免疫療法の作用機序には腫瘍内の免疫状態(腫瘍免疫微小環境)が大きく影響しています。より最適な薬物療法を行うために、治療開始前に治療効果を予測できるバイオマーカーの開発が急務とされていました。

研究の内容

研究グループはまず「EOB-MRI画像の特徴所見」として18項目を挙げ、104名の肝細胞癌術前患者のMRI画像を確認しました。また、これら患者の切除された肝細胞癌検体の「腫瘍免疫微小環境」を細胞障害性T細胞※4の分布?数に基づいて4?つの腫瘍免疫タイプに分類しました。これらMRI画像所見と4つの腫瘍免疫タイプの関連を解析すると、「腫瘍周囲の造影効果」「腫瘍縁の造影効果」「肝細胞相中間信号」の3つの画像所見が特殊な腫瘍免疫タイプであるImmune-excluded phenotypeと関連している事が判明しました。

図1:MRI画像と細胞障害性T細胞の分布?数との関連

「腫瘍周囲の造影効果」「腫瘍縁の造影効果」「肝細胞相中間信号」 画像所見を有する肝細胞癌では腫瘍辺縁の細胞障害性T細胞の数が有意に多く見られる。

 

次に、このタイプの検体を用いて空間的トランスクリプトーム解析※5(位置情報を持つ網羅的遺伝子解析)を行ったところ、癌関連線維芽細胞※6(Cancer-associated fibroblast)が腫瘍周囲を取り巻くことで、細胞障害性T細胞の腫瘍内部への浸潤を阻害している可能性があることが分かりました

図2:空間的トランスクリプトーム解析

Immune-excluded phenotypeの腫瘍辺縁で癌関連線維芽細胞と細胞障害性T細胞の共陽性スポットが多く見られる。癌関連線維芽細胞が細胞障害性T細胞の細胞内への侵入を阻害している可能性が示されている。

 

最後に、別の患者群を用いた検証を行い、これら3つのMRI画像所見を有する肝細胞癌は、複合免疫療法への反応が有意に良いことを確認しました。

図3:肝細胞癌に対する複合免疫療法の治療効果

今後の展開

MRI画像で肝細胞癌内の免疫環境を予測できるEOB-MRI画像所見を発見しました。この特徴的画像所見を用いることで、肝細胞癌患者ごとに最適な治療の提供が可能になり、個別化医療に繋がることが期待されます。

用語解説

※1 EOB-MRI

肝細胞に特異的に取り込まれる特殊なガドリニウム造影剤を使用した造影MRI

※2 腫瘍免疫微小環境

癌細胞とともに免疫系細胞、血管系細胞、線維芽細胞などの様々な細胞が作り出す複雑な微小環境

※3 免疫チェックポイント阻害薬

がん細胞が免疫を回避するために利用するブレーキ(免疫チェックポイント)を解除し、免疫細胞による抗腫瘍効果を高める治療法

※4 細胞障害性T細胞

リンパ球の一種で、ウイルスや癌細胞などの宿主にとって異物となる細胞を認識して破壊する役割を担う免疫細胞

※5 空間的トランスクリプトーム解析

組織切片から得られた空間的情報とmRNA全体の遺伝子発現プロファイルを組み合わせて解析する手法

※6 癌関連線維芽細胞

癌組織を構成する細胞の一種で、癌細胞の増殖促進作用を有する線維芽細胞

謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(20K08133,23K07133)および日本医療研究開発機構(AMED)研究事業(23fk0210131,23ama221410)による助成を受けて行われました。

論文情報

タイトル

Gadoxetic Acid-Enhanced Magnetic Resonance Imaging Features Can Predict Immune-Excluded Phenotype of Hepatocellular Carcinoma

DOI

10.1159/000542099

著者

上嶋 英介(Eisuke Ueshima), 祖父江 慶太郎(Keitaro Sofue), 小玉 尚宏(Takahiro Kodama), 山本 修平(Shuhei Yamamoto), 小松 正人(Masato Komatsu), 小松 昇平(Shohei Komatsu), 石原 伸朗(Nobuaki Ishihara), 梅野 晃弘(Akihiro Umeno), 山口 尊(Takeru Yamaguchi), 堀 雅敏(Masatoshi Hori), 福本 巧(Takumi Fukumoto), 竹原 徹郎(Tetsuo Takehara), 村上 卓道(Takamichi Murakami)

掲載誌

Liver Cancer

研究者

SDGs

  • SDGs3