神戸大学大学院保健学研究科の金島侑司博士研究員と井澤和大准教授、科学技術イノベーション研究科の山下智也教授、医学研究科の平田健一名誉教授らの研究グループは、脳梗塞患者において、標準体型よりも過体重~軽度肥満の方が、退院時の機能障害の発生割合が低下することを明らかにしました。解析では、BMI(体格指数)が24.7kg/m2のときに、最も機能障害の発生割合が低くなることが示されました。また、体型が極端にやせ型、もしくは極端に肥満になるにつれて退院時の機能障害が発生しやすくなることも明らかになりました。今回の結果は、一般的には肥満が健康に悪影響を与えると考えられている一方で、特定の病気や状態では肥満が生存率を向上させるという逆説的な現象「肥満パラドックス」と同様の傾向を示しました。今後、退院後の機能障害の経過なども調査を重ね、理想的な体型が明らかとなることで体格維持の重要性が示唆され、脳梗塞発症後も健康寿命の延伸に繋がることが期待されます。
この研究成果は、10月22日に、『Topics in Stroke Rehabilitation』に掲載されました。
ポイント
- 本研究の対象となった脳梗塞患者の45.7%が、退院時に機能障害(mRS>2)を有していた。
- 退院時の機能障害の発生割合が低くなったのは、過体重~軽度肥満の脳梗塞患者であった。
- 脳梗塞患者において、BMI:24.7kg/m2で最も機能障害の発生割合が低くなり、そこからやせ型?肥満になるにつれて、機能障害の発生割合は高くなった。
研究の背景
脳梗塞は、死に直結する注意すべき重篤な疾患です。現在は治療技術の発展により、脳梗塞後の死亡率は徐々に低下していますが、脳梗塞発症後に生存しても機能障害を有することがあります。ある報告では、脳梗塞発症6か月時点で、脳梗塞患者の約半数が片麻痺を有し、30%は歩行自立困難であり、26%は日常生活動作に介助が必要だったと言われています。一方で、肥満は死亡リスク、心疾患、脳卒中、糖尿病などの疾患罹患リスクを増加させます。しかし、「肥満パラドックス」といい、脳梗塞患者において肥満であるのに、その後の死亡リスクが低下するという報告もあります。やせ、標準、肥満体型のどれが脳梗塞患者の予後に有利なのかは議論を深めているところです。
我々は、脳梗塞患者の機能障害に対しても、肥満パラドックス(肥満だと機能障害が発生しにくい)が見られるのかを疑問に持ちました。そこで、脳梗塞患者の退院時の機能障害に対して、標準体型が一番有利であると仮定して本研究を実施しました。
研究の内容
本研究は、日本循環器学会が主導しているJROAD-DPC※1 (Japanese Registry of All Cardiac and Vascular Diseases Diagnosis Procedure Combination)データベースを用いた後ろ向きコホート研究でした。解析は国立循環器病研究センターのサポートを受けて実施されました。2016年4月から2020年3月までにデータベースに登録された、脳梗塞のために入院した患者を研究対象としました。20歳未満、院内死亡、リハビリテーションの非実施などに該当した患者は解析より除外しています。本研究は、体格指数としてBMI※2(Body Mass Index)を用いて、WHO Asiaの基準より、やせ型(BMI≤18.5 kg/m2)、標準体型(18.5<BMI≤23 kg/m2)、過体重(23<BMI≤25 kg/m2)、軽度肥満(25<BMI≤30 kg/m2)、高度肥満(30≤BMI kg/m2)としました。機能障害は、脳梗塞研究でよく用いられる評価のmRS※3(modified Rankin Scale)を用いて、退院時にmRS 2(軽度の障害)より重度であった場合に機能障害を有していると判断しました。
解析対象者は522,421人の脳梗塞患者であり、年齢の中央値は77.0歳、男性比は58.6%でした。BMIの分布は、やせ型10.3%、標準体型38.8%、過体重18.9%、軽度肥満19.7%、高度肥満3.8%、データなし8.5%でした。やせ型は高齢で、入院期間が長く、入院中に他疾患(合併症)を発症し、入院費用が高い傾向が見られました。一方で高度肥満は高血圧、糖尿病、脂質異常症などの疾患割合が高い結果でした。退院時の機能障害については、全体では脳梗塞患者の45.7%が有していました。解析の結果、退院時の機能障害が発生しにくかったのは、過体重~軽度肥満の脳梗塞患者でした。BMI:22.1~27.5 kg/m2では機能障害が発生しにくく、その中でもBMI:24.7kg/m2が最も機能障害の発生割合が低くなり、そこからやせ型?肥満が進行するにつれて機能障害が発生しやすくなる結果となりました。
今後の展開
本研究の対象者の中央値は77.0歳でしたが、加齢に伴い体重減少しやすくなります。ある程度体重を維持できている方が、脳梗塞発症後の機能障害の発生割合は低くなることが本研究で明らかとなりました。標準体型が機能障害に最も有利だと仮説を立てていましたが、やや体重が多い方が有利であることが判明しました。今回は退院時点の機能障害の有無の調査でしたが、その後の機能障害の経過なども調査を重ねて、本研究の結果と同傾向になるのかさらなる検討が必要になります。年齢を重ねても体型維持の重要性が本研究から示唆されましたが、体型からのアプローチにより、脳梗塞後の機能障害を抱える方が一人でも減るよう、今後の研究に取り組んでいきます。
用語解説
※1 JROAD-DPC (Japanese Registry of All Cardiac and Vascular Diseases Diagnosis Procedure Combination)
日本循環器学会が主導している取り組みで、参加病院の病名や診療行為の明細が含まれたDPCデータを集めて作成されたデータベースのこと。現在1100施設以上が参加している。得られたデータに基づいて必要な情報を発信し、循環器診療の質を向上させるための基本的な資料とすることを目的としている。
※2 BMI(Body Mass Index:体格指数)
体重と身長の関係から算出される、肥満度を示す指標のこと。体重(㎏)を身長(m)の二乗で除することで計算することができる。本研究では、WHO Asiaの基準より、やせ型(BMI≤18.5 kg/m2)、標準体型(18.5<BMI≤23 kg/m2)、過体重(23<BMI≤25 kg/m2)、軽度肥満(25<BMI≤30 kg/m2)、高度肥満(30≤BMI kg/m2)とした。
※3 mRS(modified Rankin Scale)
脳梗塞や脳出血などの脳血管障害、パーキンソン病などの神経疾患にて生じる神経運動機能に異常を来す疾患の重症度に対する評価方法。障害の程度で7段階に分類され、数値が大きいと重症度が高いことを意味する。0「まったく症候がない」、1「症候はあっても明らかな障害はない」、2「軽度の障害」、3「中等度の障害」、4「中等度から重度の障害」、5「重度の障害」、6「死亡」
謝辞
本研究は、JSPS 科研費 JP22K11392、JP22K19708 の支援を得て実施されました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1080/10749357.2024.2417644
著者
Yuji Kanejima 1,2; Masato Ogawa 1,3; Kodai Ishihara 1,4; Naofumi Yoshida 5,6; Michikazu Nakai 6,7; Koshiro Kanaoka 7; Yoko Sumita 7; Takuo Emoto 5; Yoshitada Sakai 8; Yoshitaka Iwanaga 7; Yoshihiro Miyamoto 7; Tomoya Yamashita 9; Kenichi Hirata 5; Kazuhiro P. Izawa 1
- Department of Public Health, Graduate School of Health Sciences, Kobe University, Hyogo, Japan
- Department of Rehabilitation, Kobe City Medical Center General Hospital, Kobe, Japan
- Department of Rehabilitation Science, Osaka Health Science University, Osaka, Japan
- Department of Physical Therapy, Faculty of Nursing and Rehabilitation, Konan Women’s University
- Division of Cardiovascular Medicine, Department of Internal Medicine, Kobe University Graduate School of Medicine, Hyogo, Japan
- Clinical Research Support Center, University of Miyazaki Hospital, Miyazaki, Japan
- Department of Medical and Health Information Management, National Cerebral and Cardiovascular Center, Osaka, Japan
- Division of Rehabilitation Medicine, Kobe University Graduate School of Medicine, Kobe, Japan
- Department of Advanced Medical Science, Kobe University Graduate School of Science, Technology and Innovation, Hyogo, Japan
掲載誌
Topics in Stroke Rehabilitation