石川 慎一郎 教授 

外国人住民の増加で日本語教育の重要性が高まるなか、神戸大学は2024年度から、文部科学省の「日本語教師養成?研修推進拠点整備事業」の近畿ブロック拠点校となった。日本語教師の国家資格「登録日本語教員」が今年から制度化されるなど、教師養成を取り巻く状況も大きく変わりつつある今、拠点校としてどのような役割を果たすのか。事業の責任者を務める国際文化学研究科の石川慎一郎教授に、具体的な取り組みや今後の展望を聞いた。

日本語教師の半数はボランティア

まず、国内で日本語教育を必要とする人々の現状について教えてください。

石川教授:

日本には今、約340万人(2023年)の在留外国人がいます。全人口の約2.7%で、神戸市の人口の2倍以上にあたります。年々増加傾向にあり、国籍別で特に増加しているのはベトナム、ネパール、インドネシア、ミャンマーといった国々です。「技能実習」や「特定技能」などの在留資格で働く人もいれば、日本語を学ぶために来日している留学生もいますね。

また、国内で日本語を学んでいる学習者については、約22万人(2022年)というデータがあります。ただ、これは日本語学校などの教育機関で学んでいる人に限られます。働きながら日常生活の中で日本語を覚えたり、独学したりしている人は含まれませんので、広い意味での学習者はさらに多いといえます。

一方、国内の日本語教師は約4万4千人(2022年)です。2024年度に制度が変わったのですが、これまでは、大学や民間機関が開設している養成コースを修了するか、民間の検定試験に合格すれば、日本語教師になることができました。日本語教師の処遇については十分とは言いがたく、現場で指導にあたっている教師の49%がボランティアで、常勤職はわずか15%にとどまっています。

「養成」と「就職」のミスマッチが課題

国家資格の創設がハードルとなり、日本語教師の不足につながることはありませんか?

石川教授:

ご指摘のように、2024年度から「登録日本語教員」という国家資格が新設されました。これまでのように養成コースを修了するだけでなく、加えて所定の教育実習を行い、さらには、国が行う統一試験(応用試験)に合格して初めて得られる資格です。取得のハードルが上がるので、登録日本語教員の数は、これまでの日本語教師ほどは増えない可能性があります。

一方で、この資格は国内の認定日本語学校で勤務する際に求められるもので、海外で教えたり、国内の大学や地域の日本語指導ボランティアとして教えたりするのであれば、必須ではありません。もちろん、資格はあるほうが望ましいですが。したがって、広い意味での日本語教師の総数が急に減ることはないと思います。

ただ、現在非常勤やボランティアで教えている中高年の方々が、近い将来退職するようになると、日本語教師が大幅に不足する状況も想定されますね。地域にもよりますが、日本語学校では、すでに教師不足で困っているところもあると聞いています。

国家資格創設の目的として、日本語教師の質の担保が掲げられています。教師の質や専門性の向上という面での課題は?

石川教授:

おっしゃるように、新制度のもとで、日本語教師の養成は従来以上に厳格なプログラムで管理されることとなり、有資格者の知識や専門性は今より向上するでしょう。ただ、考えるべきは、狭き門を突破した登録日本語教員がスムーズに日本語教育の現場に入っていけるかどうか、という点です。

旧制度下にはなりますが、2022年度の調査では、大学や民間機関などの日本語教師養成コースで学んでいる人は約2万8000人もいました。しかし、大学の養成コースを修了しても、すぐに日本語教師になる人、なれる人は5%程度なのです。

というのも、新卒で常勤教員として採用されるケースはまだまだ少なく、非常勤教員として何年も経験を積んだ後、30-40代で常勤になれるチャンスがあるかもしれない、といった状況です。若い人からすれば、将来のキャリアパスが見通しにくく、せっかく日本語教育を勉強したのに、結果としてこの世界に入っていくのを躊躇する人も少なくありません。

そういう観点からすると、養成プログラムを厳格化し、教師の質を上げていくことはもちろん大切ですが、同時に、日本語教師の魅力をもっとアピールし、養成した人材がきちんと就職できるよう考えていかないといけませんね。養成課程を入口だとすれば、就職という出口とうまくかみ合わせていくことが重要だといえるでしょう。

大学、日本語学校、行政機関の幅広い連携を進める

そのような現状で始まった「日本語教師養成?研修推進拠点整備事業」とは、どのような事業でしょうか。

石川教授:

日本語教育を取り巻く課題は多々ありますが、「登録日本語教員」制度の導入を踏まえ、まずは新制度に必要な社会的基盤をつくっていくための事業です。日本語教師の養成を担う専門人材(教師教育者)の育成、地域のニーズに応じた教師の養成?研修ができる人材の育成を進める拠点づくりが目的に掲げられています。

全国を6ブロックに分け、各ブロックに1ないし2の拠点校を置いています。東北大学、筑波大学、広島大学など、全国で8つの拠点校が選ばれ、神戸大学は近畿ブロックの拠点校となりました。事業期間は2027年度までです。

日本語教師養成?研修推進拠点整備事業の近畿ブロック会議=大阪市北区(石川教授提供) 

多くの大学は、学部レベルに日本語教師養成課程を置いていますが、神戸大学は、高度な研究力と幅広い学識を備えた日本語教師を養成するため、国際文化学研究科の博士前期課程に「日本語教師養成サブコース」を設けています。大学院生が自身の専門分野を持ちながら、プラスアルファとして日本語教師に必要な知識と経験を身につけます。このような課程で複眼的な視点を身につけた人材が、日本語教育のさまざまな分野で活躍しており、これは神戸大学の大きな強みといえます。

神戸大学が拠点校となる近畿ブロックは、大学、日本語学校、行政機関の幅広い連携が大きな特徴です。現在、24機関が参画しています。

具体的な取り組みを進めるため、近畿ブロックでは4つの部会を設けました。「連携部会」は、関連機関の連携強化や共同事業の企画などを行います。「研修部会」は日本語教師の養成を担う教師教育者の研修などを検討?実施します。「調査部会」は近畿圏の日本語教育や教師研修の実態調査、「支援部会」は外国ルーツの児童?生徒に対する日本語支援の実態調査などを計画しています。

日本語教師を専門職として成立させるシステムづくりを

事業を通し、今後の日本語教育、日本語教師養成にどのような貢献ができるでしょうか。

石川教授:

この事業は、日本語教師の養成にかかわる専門人材の育成を目指していますが、その前提として、まずは府県や組織を超えたネットワークづくりが重要だと考えています。これまで、大学同士、日本語学校同士といったつながりはあっても、その枠を超えたつながりは薄かったと思います。また、府県を超えたネットワークもあまりありませんでした。

組織や地域を超えた人材ネットワークは、この事業が終了した後も、地域の日本語教育を推進していくうえでの基盤になると思います。日本語教師の教育を担う高度人材向けの研修方法などを開発、蓄積していけば、近畿全体の共有財産になっていくでしょう。

将来的に、ボランティアや非常勤教師に過度に依存している日本語教育の現状を変え、日本語教師を専門職として成立させるシステムづくりを進めていくことが重要です。資格などのお墨付きを与えるだけではなく、養成という入口と就職という出口の両方を合わせて考えていかねばなりませんね。

日本語学習が必要な国内の子どもの数も年々増えており、公立小?中?高校だけで約7万人(2023年)とされています。日本語が十分に理解できないと、その後の進学や就職にも影響が及びます。財政的な課題はありますが、全国の学校に日本語専門家を配置するといった施策も考えられますし、そうしたことが実現すれば、日本語教師の安定的な雇用機会の確保にもつながるでしょう。

日本語教師も意識を変えていく必要があります。伝統的に、日本語教育は文型をしっかり教え込む教授法が中心でしたが、生活者として必要最低限の、いわゆる「生活日本語」を学ぶニーズも高まっています。拠点事業においても、社会のニーズ、学習者のニーズ、教師のニーズなど、多元的な視点を踏まえつつ、将来の日本語教育のあり方を考えていかねばならないと思っています。

石川 慎一郎 教授 略歴

1992年3月神戸大学文学部 卒業
1994年3月神戸大学大学院文学研究科 修士課程修了
1999年4月静岡県立大学短期大学部 専任講師
2001年4月広島国際大学人間環境学部 専任講師
2004年3月岡山大学大学院文化科学研究科 博士後期課程修了
2004年4月神戸大学国際コミュニケーションセンター?総合人間科学研究科 助教授
2007年4月神戸大学国際コミュニケーションセンター?国際文化学研究科 准教授
2013年4月神戸大学国際コミュニケーションセンター?国際文化学研究科 教授

研究者

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