神戸大学大学院医学研究科の谷村憲司特命教授(産科婦人科学分野)、手稲渓仁会病院不育症センターの山田秀人センター長、大阪大学微生物病研究所の荒瀬尚教授らの研究グループは、同グループが2015年に発見した血栓症や流産などの原因となる新しい自己抗体(ネオセルフ抗体※1)が陽性の不育症女性に対して低用量アスピリン※2とヘパリン※3を用いた治療を行うと、赤ちゃんが産めた率(生児獲得率)が上昇するだけでなく、妊娠高血圧症候群などの発症率も低下することを世界で初めて見出しました。これまで原因が不明であったために治療法が分からなかった不育症患者に希望をもたらすと考えられます。この研究成果は、9月26日 午後1時(日本時間)に、『Frontiers in Immunology』に掲載されました。
ポイント
- 私たちが発見したネオセルフ抗体がこれまで原因が不明とされていた不育症と深く関係していることが分かってきていたが、どのように治療したらよいかは分かっていなかった。
- ネオセルフ抗体のみが陽性で他に原因のない不育症女性に低用量アスピリン、ヘパリンの少なくとも一方を使って治療すると生児獲得率が92.9%に上がり、妊娠中の異常が減った。
- ネオセルフ抗体を調べることで、これまで原因不明だった不育症や不妊症に対して適切な治療法を選べることができるようになる可能性がある。
研究の背景
不妊症と違って、妊娠することは出来るが流産や死産を繰り返す不育症という病気があります。不育症の頻度はカップルのおよそ5%とされ、日本に不育症女性は少なくとも30~50万人いると推計されます。不育症は不妊症とともに日本が直面している少子化問題の一因となっており、不育症カップルが負う心の傷は計り知れません。さらに、不育症の問題点として、その原因を見つけるための血液検査などを行っても、半分以上の患者で原因が分からず、そのために適切な治療法が選べないことが挙げられます。
一方、私たちの研究グループは脳梗塞などの血栓症や流産、妊娠高血圧症候群などの妊娠中の異常を引き起こす抗リン脂質抗体症候群※4という病気の原因となる新しい自己抗体(ネオセルフ抗体)を発見し、2015年に論文発表しました。その後、神戸大学を中心とする日本国内5つの大学病院の共同研究で、不育症に悩む女性の約1/4でネオセルフ抗体が陽性であり、しかも、色々な検査をしても原因が分からない不育症女性の約1/5でネオセルフ抗体だけが陽性であることを突き止めました。さらに、日本国内4つの大学病院と手稲渓仁会病院からなる共同研究グループは、ネオセルフ抗体が妊娠高血圧症候群や胎児発育不全といった妊娠中の異常の発生にも関連していることを明らかにしました。
このように、私たちが発見したネオセルフ抗体が不育症、特にこれまで原因が不明だった不育症に関係していることは明らかになっていましたが、ネオセルフ抗体による不育症をどう治療したらよいかまでは分かっていませんでした。
そこで、今回、私たちのグループは、ネオセルフ抗体が原因となる不育症に有効な治療法を見つけ出すための共同研究を行いました。
研究の内容
この研究に参加した全国5病院の外来を2019年8月から2021年12月の間に訪れた不育症女性462人に採血を行い、血液中のネオセルフ抗体の量を私たちが考え出した特許技術を使って測定したところ、78人でネオセルフ抗体が陽性でした。この78人中、49人が妊娠し、さらに、2023年12月までに妊娠の結末がどうなったかが判明した妊娠は、のべ50回ありました。それらの妊娠に対し、それぞれの主治医が治療法を患者さんに提案して同意を得た上で、治療を行いました。治療法の選択は主治医の判断にゆだねられ、ある主治医は何も治療を行わなかったり、別の主治医は抗リン脂質抗体症候群に対する治療法を参考にして低用量アスピリンやヘパリンを用いて血液が固まりづらくする治療を行ったりしていました。50回の妊娠のうち、染色体異常など何をしても流産を避けることが出来なかったと考えられる3回の妊娠を除いた47回の妊娠について、治療法別に赤ちゃんを産むことができた率(生児獲得率)を比べました。
ネオセルフ抗体が陽性の不育症女性が受けた治療法によって、低用量アスピリンもしくはヘパリンの少なくともどちらか一方を含む治療を受けるグループ(アスピリン/ヘパリン治療群)とどちらの治療も受けないグループ(非アスピリン/非ヘパリン治療群)の2つに分けました。すると、アスピリン/ヘパリン治療群では39人中34人が赤ちゃんを産むことができ(生児獲得率87.2%)、逆に非アスピリン/非ヘパリン治療群では、8人中4人しか赤ちゃんを産むことができませんでした(生児獲得率50.0%)。さらに、ネオセルフ抗体だけが陽性で他に原因がない不育症女性の妊娠に絞って調べたところ、アスピリン/ヘパリン治療群では生児獲得率92.9%(14人中13人が出産)、非アスピリン/非ヘパリン治療群では生児獲得率42.9%(7人中3人が出産)となっており、その差がさらに際立ちました(図1)。統計によってアスピリン/ヘパリン治療群の方が、非アスピリン/非ヘパリン群より生児獲得率が明らかに高いことが分かりました。
そして、さらに興味深いことには、非アスピリン/非ヘパリン治療群で赤ちゃんを産むことができた4人中2人(50%)においては、妊娠高血圧症候群などの妊娠中の異常が発生していましたが、アスピリン/ヘパリン治療群では赤ちゃんを産むことができた34人中2人(5.9%)にしか妊娠中の異常が発生していませんでした。
このように、ネオセルフ抗体が陽性の不育症女性に対して、低用量アスピリンもしくはヘパリンのいずれか一方を含む治療を行うことで生児獲得率が高まり、さらには妊娠高血圧症候群などの妊娠中の異常の発生率を下げられることが分かりました。
今後の展開
ネオセルフ抗体が原因の不育症に対する治療法が見つかったことにより、これまで原因が分からず治療を受けることができなかった不育症カップルに元気な赤ちゃんが産まれるチャンスが増すと考えられます。今後、もっと症例数を増やし、より質の高い治験を行うことでネオセルフ抗体が陽性の不育症に対する最適な治療法(例えば、低用量アスピリンだけで良いのか、低用量アスピリンとヘパリンの両方を使わないといけないのか)を調べる必要があります。
また、私たちの過去の研究で、ネオセルフ抗体が不妊症にも関係していることが分かっており、不育症だけでなく原因が分からない不妊症においても適切な治療が選択できるようになる可能性があります。
用語解説
※1ネオセルフ抗体
大阪大学微生物病研究所の荒瀬 尚教授らが発見した新しいタイプの自己抗体。リウマチ、抗リン脂質抗体症候群などの自己免疫疾患で病気の原因となる抗体の標的となる自分自身のタンパク質など(自己抗原)と通常は外部から侵入した異物を免疫に働く細胞に提示する働きをする主要組織適合性遺伝子複合体クラスⅡというタンパク質が合体してできる複合体(ネオセルフ抗原)に結合して病気を引きおこす抗体。
※2低用量アスピリン
1日に81mg~100mgという少ない量のアスピリンを内服することで血液を固まりづらくする。不妊症や不育症、抗リン脂質抗体症候群の治療に用いられる。
※3ヘパリン
1回5000単位を1日2回、自分で皮下注射することで血液を固まりづらくする。血を固まりづらくする以外にも流産を防ぐメカニズムがあると考えられている。不妊症や不育症、抗リン脂質抗体症候群の治療に用いられる。
※4抗リン脂質抗体症候群
β2グリコプロテインⅠというタンパク質を自己抗原とする抗体(抗リン脂質抗体)が脳梗塞などの血栓症、流産や妊娠高血圧症候群などの妊娠中の異常を引き起こす疾患。私たちは、β2グリコプロテインⅠと主要組織適合性遺伝子複合体クラスⅡの複合体に対するネオセルフ抗体が血栓症や妊娠中の異常に関係することを見つけ出した。
謝辞
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)(JP18gk0110018, JP21gk0110047, JP23fk0108682, JP 22gn0110061, JP17fm0208004, JP19ek0410053)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP24K12532, JP20K09642, JP23K08888, JP18H05279, JP24K02691, JP18K19450, JPMJMS2021)、文部科学省(MEXT) 科学研究費助成事業(JP190H04808)の助成を受けて実施しました。
論文情報
タイトル
DOI
10.3389/fimmu.2024.1445852
著者
Kenji Tanimura, Shigeru Saito, Sayaka Tsuda, Yosuke Ono, Masashi Deguchi, Takeshi Nagamatsu, Tomoyuki Fujii, Mikiya Nakatsuka, Gen Kobashi, Hisashi Arase, and Hideto Yamada
掲載誌
Frontiers in Immunology