神戸大学大学院医学研究科糖尿病?内分泌内科学部門の小川渉教授、徳島大学大学院医歯薬学研究部代謝栄養学分野の野村和弘講師らによる研究グループは、運動時のエネルギー消費をコントロールするタンパク質の機能を解明しました。

運動をすると筋肉がエネルギーを消費するため、脂肪が燃やされて体重は減少します。今回の研究では、運動した時に筋肉で発現が増え、エネルギー消費を促す新しい種類のタンパク質を発見し、その機能を明らかにしました。このタンパク質を生成できないようにしたマウスは、運動時のエネルギー消費が少なく、太りやすいことがわかりました。同じ運動をしても痩せやすい人、痩せにくい人がいますが、このタンパク質の増えやすさによって運動時のエネルギー消費の個人差を説明できることが分かりました。

食欲を抑える抗肥満薬は使用され始めていますが、エネルギー消費を増やすことで肥満を治療する薬はありません。このタンパク質を増やせる物質を見つけることができれば、エネルギー消費を高めて肥満を改善する薬剤の開発につながる可能性があります。

この研究成果は、2024年6月15日(日本時間)に欧州科学雑誌「Molecular Metabolism」に公開されました。

研究の概要図: 運動すると体重が減るメカニズム

運動をすると筋肉がエネルギーを消費するため、脂肪が燃やされ、体重は減少する。運動時には、筋肉でPGC-1αb及びPGC-1αcというタンパク質が増え、これによりエネルギー消費が高まり脂肪を燃焼させることがわかった。

これらのタンパク質が増えにくい人は運動した時のエネルギー消費が少ないことも明らかになった。

ポイント

  • 運動した時に筋肉で発現が増え、エネルギー消費を増加させるタンパク質を同定した。
  • このタンパク質を増えないようにしたマウスは、運動時のエネルギー消費が落ち、太ることがわかった。
  • 人でもこのタンパク質の増えやすさによって運動時のエネルギー消費の個人差を説明できる。

 

研究の背景

肥満は様々な病気を引き起こす「万病のもと」であり、肥満者の増加は世界的に大きな問題となっています。食事制限とともに、運動は重要な肥満の治療法です。しかし、同じだけ運動を行っても痩せやすい人と痩せにくい人がおり、そのメカニズムはよくわかっていませんでした。

運動をすると筋肉が多くのエネルギーを消費するため、脂肪がエネルギー源として燃やされ、体重が減少します。この時、筋肉ではエネルギー消費を増やすいくつもの遺伝子の発現が増加します。PGC-1αというタンパク質はこのような遺伝子の発現を促す作用を持つため、PGC-1αは痩せやすさ?太りやすさと関係する可能性が指摘されていました。ところが、PGC-1αを欠損させたマウスが太りやすくなることはなく、逆にPGC-1αを強制的に多く発現させたマウスが痩せやすくなることはないとの報告もあり、PGC-1αが痩せやすさ?太りやすさと関係するという仮説には疑問が投げかけられていました。

研究の内容

小川教授らのグループは、PGC-1α遺伝子(注1)から作られる2つの新しいタンパク質(PGC-1αb及びPGC-1αc)があることをこれまでに発見していました(注2)。この新規PGC-1αは、従来のPGC-1α(PGC-1αa)とタンパク質の機能としてはほぼ同じですが(注3)、発現制御のメカニズムが異なり、運動によって筋肉での発現が十倍以上に増加します(図1)。一方で、以前から知られていたPGC-1αは運動によって発現がそれほど増えることはありませんでした。

マウスの遺伝子を操作し、従来のPGC-1αの量には影響を及ぼさず、新規PGC-1αだけを欠損させたノックアウトマウスを作ったところ、運動時のエネルギー消費の増強が妨げられ、運動させても体重が減りにくいことがわかりました(図2)。また、このマウスを長期間飼育すると、日常のエネルギー消費が抑制されるため、次第に太っていくこともわかりました(図3)。

図1 運動による骨格筋でのPGC-1αの発現変化 

マウスに運動負荷あり?なしの条件で骨格筋を採取し、PGC-1αの発現量を検討した。

運動すると骨格筋では新規PGC1-αであるPGC-1αbとPGC-1αcというタンパク質の発現が増えるが、従来から知られていたPGC-1αであるPGC-1αaの発現は増えない。

図2 PGC-1αb及びPGC-1αcを無くした遺伝子改変マウス(ノックアウトマウス)の運動によるエネルギー消費量と体重減少の減弱

通常のマウス(野生型マウス)と新規PGC-1α(PGC-1αb及びPGC-1αc)ノックアウトマウスのトレッドミル運動中のエネルギー消費量(左)と、運動による脂肪量の減少(右)。新規PGC-1αを無くしたマウスは運動させてもエネルギー消費が少なく(左)、脂肪量も減少しにくい(右)。

 

図3  PGC-1αb及びPGC-1αcノックアウトマウスの体重の変化 

新規PGC-1αノックアウトマウスを長く飼っていると、日常のエネルギー消費が抑制されるため、次第に太っていく(左)。16週齢マウスの腹部CT像(右)。ノックアウトマウスでは紫色で表される内臓脂肪が多い。

新規PGC-1αは褐色脂肪組織(注4)での脂肪燃焼や熱産生にも重要な働きをすることが分かりました。動物は寒い環境では褐色脂肪組織の熱産生が増えて体温を保とうとしますが、新規PGC-1αのノックアウトマウスは寒い環境で体温を保つことができませんでした(図4)。褐色脂肪組織の脂肪燃焼減弱や熱産生低下もこのマウスの太りやすさと関係する可能性があります。

図4 寒冷刺激による褐色脂肪組織でのPGC-1αの発現変化およびPGC-1αb及びPGC-1αcノックアウトマウスの体温の変化

マウスに寒冷刺激あり?なしの条件で褐色脂肪組織を採取し、PGC-1αの発現量を検討した。寒い環境(4°C)では褐色脂肪組織でPGC-1αbとPGC-1αcの発現が増えるが、PGC-1αaの発現は増えない(左)。また、新規PGC-1αノックアウトマウスは寒い環境で体温を保つことができない(右)。

人間にもこの新規PGC-1αは存在し、マウスと同様に運動をすると筋肉でこのタンパク質の発現が十倍以上増えることがわかりました。運動による新規PGC-1αの増え方には個人差があり、新規PGC-1αの増え方が大きい人はエネルギー消費が高く、増え方が小さい人はエネルギー消費が低いことも明らかになりました(図5)。同じ量の運動をしても、エネルギー消費が多い人(つまり痩せやすい人)と、エネルギー消費が少ない人(痩せにくい人)がいますが、新規PGC-1αの増えやすさはこのような個人の体質を決める要因の一つと考えられます。

図5 骨格筋におけるPGC-1αの発現変化とエネルギー消費量の関係 運動による新規PGC-1αの増え方には個人差があるが、PGC-1αの増え方が大きい人はエネルギー消費が多く、増え方が小さい人はエネルギー消費が少ない。

研究の意義と今後の展開

PGC-1αは運動時のエネルギー消費を制御する機能を持つ可能性が示唆されていましたが、今回の研究で、実際にそのような作用を持つのは従来から知られていたPGC-1αではなく、新規PGC-1αであることが明らかとなりました。

肥満はエネルギーの摂取と消費のバランスの乱れによって起こります。最近では、食欲を抑制してエネルギーの摂取を減らす肥満症治療薬が開発され、世界で広く使われ始めていますが、エネルギーの消費を高めて肥満を治療する薬剤はありません。

新規PGC-1αを増やせる物質を見つければ、運動時のエネルギー消費をより高める薬(運動効果増強薬)、さらには運動しなくても、運動時と同様にエネルギー消費を強める薬(運動効果模倣薬)の開発に繋がる可能性があります。このような薬剤は、食事制限と無関係に肥満を治療できる薬剤になると思われ、そのニーズは極めて高いと考えられます。

注釈

注1)

PGC-1α:ペルオキシソーム増殖因子活性化レセプターγ共役因子。転写因子PPARγに結合する転写コアクチベーターとして同定された分子であり、エネルギー産生や熱消費に関わる多くの遺伝子発現を誘導する。

注2)

PGC-1αb及びPGC-1αcは、PGC-1αaの第一エクソンの14kb上流に存在する新規な第一エクソンから転写が開始されるため、異なった発現制御を受ける。

注3)

従来から知られていたPGC-1αであるPGC-1αaと、新規なPGC-1αであるPGC-1αbとPGC-1αcは、第一エクソンにコードされる10数アミノ酸のみが異なっているだけで、タンパク質としての構造は類似している。その結果、遺伝子発現誘導能、転写活性化能などは3種のタンパク質間で差は見られない。

注4)

脂肪組織には、脂肪を蓄積することが主な機能である白色脂肪組織と、脂肪を燃焼することが主な機能である褐色脂肪組織がある。新規PGC-1αは褐色脂肪組織に豊富に存在し、寒い環境に置かれるなど、褐色脂肪での熱産生が増加する際にはその発現量が増加した。

論文情報

タイトル

"Adaptive gene expression of alternative splicing variants of PGC-1α regulates whole-body energy metabolism"

DOI

10.1016/j.molmet.2024.101968

著者

野村 和弘 (Kazuhiro Nomura)1,2,3, 木下 真一 (Shinichi Kinoshita)1, 水崎 奈央 (Nao Mizusaki)1, 千賀 陽子 (Yoko Senga)1, 佐々木 努 (Tsutomu Sasaki)4, 北村 忠弘 (Tadahiro Kitamura)5, 阪上 浩 (Hiroshi Sakaue)2,6, 衣斐 亜紀 (Aki Emi)1, 細岡 哲也 (Tetsuya Hosooka)1,7, 松尾 雅博 (Masahiro Matsuo)8, 岡村 均 (Hitoshi Okamura)8,9, 天羽 拓 (Taku Amo)10, アレクサンダー M. ウォルフ (Alexander M. Wolf)11, 上村 尚美 (Naomi Kamimura)11,12, 太田 成男 (Shigeo Ohta)11, 伊藤 智雄 (Tomoo Itoh)13, 林 祥剛 (Yoshitake Hayashi)13, 清成 寛 (Hiroshi Kiyonari)14, アンナ クルック (Anna Krook)3, ジュリーン R. ジェラス (Juleen R. Zierath)3, 春日 雅人 (Masato Kasuga)15, 小川 渉 (Wataru Ogawa)1

1 神戸大学大学院医学研究科糖尿病?内分泌内科学部門
2 徳島大学大学院医歯薬学研究部代謝栄養学分野
3 カロリンスカ研究所
4 京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻栄養化学分野
5 群馬大学生体調節研究所代謝シグナル解析分野
6 糖尿病臨床?研究開発センター食品?栄養素研究分野
7 静岡県立大学食品栄養科学部栄養生理学研究室
8 京都大学大学院薬学研究科システムバイオロジー分野
9 京都大学大学院医学研究科神経生物学分野
10  防衛大学校応用化学科
11  日本医科大学先端医学研究所細胞生物学部門
12  日本医科大学共同研究施設臨床系研究室
13  神戸大学大学院医学研究科病理学講座
14  理化学研究所生命機能科学研究センター生体モデル開発チーム
15  朝日生命成人病研究所

掲載誌

Molecular Metabolism

研究者