神戸大学大学院医学研究科の赤谷 律学術研究員、千原典夫特命講師、松本理器教授(脳神経内科学分野)らの研究グループは、難病である視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療薬であるインターロイキン-6阻害薬が血液中のB細胞に作用して炎症を抑える働きを誘導することを発見しました。今後、治療薬選択の指標や治療効果判定、類似の自己免疫疾患の新たな治療法開発につながることが期待されます。

この研究成果は、6月19日 午前5時(日本時間)に、米国神経学会の学術誌『Neurology? Neuroimmunology & Neuroinflammation』にオンライン掲載されました。

図1. 概要

視神経脊髄炎スペクトラム障害ではB細胞の内訳が炎症を誘発する表現型に傾いている。IL-6阻害薬の治療によって、病気を抑えるはたらきを持つIL-10の産生能力があるB細胞(制御性B細胞)の割合が増え、その中でもCD200を発現したプラズマブラストは高いIL-10産生能力を有していた。

ポイント

  •  視神経脊髄炎スペクトラム障害は自己免疫機序による神経難病であり、B細胞が関与している。
  • IL-6阻害薬によってB細胞が変化することで、病気を促進する細胞が減り、抑えるはたらきをもつ細胞が増える。
  •  今回の知見が、今後、適切な薬剤の使い分けや治療効果の判定に使用できる可能性がある。

研究の背景

視神経脊髄炎スペクトラム障害(以下、視神経脊髄炎)は主に視神経や脊髄?脳に炎症を繰り返し、場合によっては失明や麻痺など重篤な後遺症を残す神経難病です。病気の原因には自分の神経系を攻撃する自己抗体(抗アクアポリン4抗体)が関与しているとされ、自己免疫疾患の1つでもあります。近年、いわゆる生物学的製剤と呼ばれる複数の新規薬剤が相次いで承認され視神経脊髄炎の再発予防目的に使用されるようになっていますが、どの患者さんにどの薬剤が適しているのかの明確な判断基準はなく、また治療効果の判定に使える検査指標も存在しません。

研究グループは生物学的製剤の一種であるインターロイキン-6(IL-6)※1阻害薬と、リンパ球の一種であるB細胞との関係性に着目し研究を進めてきました。B細胞はリンパ球(免疫細胞)の一種であるため、一般には病気に悪影響を与える細胞と認識されていましたが、神経の炎症が強い時期(急性期)と炎症が落ち着いている時期(寛解期)で患者さんの血中のB細胞全体の数にはあまり変化はみられませんでした。そこで、研究グループはIL-6阻害薬によりB細胞のはたらき(表現型)が変わるのではないか、そして病気を抑えるように機能するB細胞が治療法の選択や効果判定に役立つのではないかと考え、検証することにしました。

研究の内容

本研究では、まず視神経脊髄炎の患者さんでは健常者と比べてB細胞の中で、ダブルネガティブB細胞※2とプラズマブラスト※3という2種類のB細胞の割合が、神経の炎症が強い時期には特に増えており、炎症が落ち着いた時期には減少することがわかりました。

図2. 視神経脊髄炎患者のB細胞の変化

急性期では視神経脊髄炎患者の血液中のB細胞の内、ダブルネガティブB細胞およびプラズマブラストが健常者と比べて増加している。

次に、研究グループは試験管内でB細胞を刺激する方法を用いて、患者さんの血液中のリンパ球からこのダブルネガティブB細胞とプラズマブラストの両者を増加させるモデルを開発しました。この試験管内のモデルでIL-6阻害薬を添加すると、B細胞は炎症を抑えるはたらきをもつサイトカインであるインターロイキン-10(IL-10)※4をより多く出すようになることが明らかとなりました。また、B細胞の中では特にプラズマブラストがIL-10を出しやすくなることがわかりました。

図3.IL-6阻害によりB細胞のIL-10発現が上昇

健常者および視神経脊髄炎患者の末梢血単核細胞を対象にIL-6シグナルを阻害した上で刺激を行うと、B細胞のIL-10遺伝子発現が上昇した。また患者では健常者と比較してB細胞のIL-10発現が低いことも明らかとなった。

続いて、炎症を抑えるプラズマブラストの特徴をさらに探索するため、RNAシークエンスという手法を用いてプラズマブラストに強く発現するCD200※5という遺伝子を見出しました。最後に、IL-6阻害薬を投与中で病気が安定している患者さんの血液で検証したところ、このCD200タンパクを発現するプラズマブラストが、炎症が強い時期の患者さんと比較して増加していることがわかりました。このことから、CD200を持っているプラズマブラストの増加は、病気がうまく抑えられているという指標になりうると考えられます。

今後の展開

本研究で得られた知見に基づいて、視神経脊髄炎スペクトラム障害の患者さんの血液中のB細胞を解析することにより、適切な薬剤の使い分けや治療効果の判定に役立つ可能性があります、また、将来的には他の自己免疫疾患においても個別化医療の実現につながることが期待されます。

用語解説

※1インターロイキン-6(IL-6)

免疫反応や炎症、代謝など生体の様々な機能にかかわるサイトカインの一種。視神経脊髄炎スペクトラム障害においては病態を悪化させる重要な因子として知られこのシグナルを阻害するIL-6阻害薬の有効性が国際共同治験で確認され、本邦では2020年に承認に至った。

※2ダブルネガティブB細胞

B細胞の古典的分類の中で、細胞表面にIgDおよびCD27を発現していない細胞群(IgDとCD27の両者が陰性なのでダブルネガティブ)。発生学的にメモリーB細胞の系譜ともいわれ、自己免疫性疾患では抗体産生細胞の前駆細胞が含まれると言われている。

※3プラズマブラスト

B細胞が抗原を認識しヘルパーT細胞からのシグナルを受けると、活性化して分化し、プラズマブラストとなる。プラズマブラストは抗体を産生して分泌する能力と分裂能を有している。

※4インターロイキン-10(IL-10)

炎症を抑制するサイトカインの一種。多発性硬化症や関節リウマチ、炎症性腸疾患、膠原病といった自己免疫疾患ではこの産生やシグナルが障害されているとされている。

※5 CD200

細胞表面に発現している糖タンパク質で免疫反応の制御にかかわる。CD200が骨髄球系の細胞に発現するCD200受容体と結合すると、過剰な免疫反応を抑制する方向へはたらく。免疫チェックポイント分子としても知られる。

謝辞

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「視神経脊髄炎の個別化医療を目指した免疫寛容システムの解明」(研究開発代表者:千原典夫)および文部科学省?日本学術振興会科学研究費補助金などによる助成を受けて行われました。

論文情報

タイトル

Interleukin-6 signaling blockade induces regulatory plasmablasts in neuromyelitis optica spectrum disorder

DOI

10.1212/NXI. 0000000000200266

著者

赤谷 律、千原 典夫、原 敦、辻 麻人、古東 秀介、小林 千浩、戸田 達史、松本 理器

掲載誌

Neurology?Neuroimmunology & Neuroinflammation

研究者

SDGs

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