神戸大学大学院医学研究科内科学講座 腫瘍?血液内科学分野の船越洋平助教、薬師神公和准教授、南博信教授、同医学部附属病院感染症内科の大路剛准教授、Repertoire Genesis株式会社 松谷隆治研究員らの研究グループは、特定の抗原に対する免疫反応をB細胞受容体 (BCR) レパトアを用いた解析※1で詳細に把握する方法を新たに開発しました。
この研究は、2023年6月22日 (英国時間) に、British journal of haematologyオンライン版に掲載されました。
ポイント
- B細胞受容体 (BCR) レパトア解析では膨大な抗体 (B細胞受容体) の遺伝子配列データが得られるが、それを用いて特定の抗原に対する免疫反応を評価することは困難であった。
- レパトア解析を施行するにあたり、「免疫が活性化する短い期間での経時的な検体採取」と「特定の抗原に対するBCR遺伝子配列データベースの活用」を行うことで、免疫反応を評価できることが分かった。
- 本解析は、従来の“ELISA法での抗体価の測定”のような蛋白レベルでの解析ではなく、mRNAレベルでの解析であり、抗体薬 (蛋白) の予防投与後などで抗体価が極端に上昇している検体でも評価可能である。
- 使用するデータベースに抗体に対する付加的情報があれば、免疫反応で出現した抗体のエピトープや中和活性など詳細な情報を得ることができる。
- mRNAワクチン (mRNA製剤) 投与後の免疫反応を本解析で調査することで、広くmRNA製剤の機能評価を行うことが可能となる。
研究の背景
近年、mRNA SARS-CoV-2ワクチン接種後に抗体が十分に産生することができない免疫不全症例を中心に、予防薬として遺伝子組み換え抗体薬(チキサゲビマブ/シルガビマブ※2)を投与することが広く行われています。一方、抗体予防薬はワクチンの完全な代替にはならないことから、予防薬投与症例であっても通常のワクチン接種が推奨されています。ここで、ワクチン接種後の免疫反応は、一般にELISA法による抗体(蛋白)を測定することで評価されますが、これらの症例では予防薬としての抗体が体内に大量に存在するため、ワクチン接種後の反応をELISA法で評価することができません。以上のことから、これらの症例でのワクチン接種後の免疫反応を評価するために、蛋白レベルではなくmRNAレベルでの評価方法が求められていました。
我々はmRNAレベルでの評価方法として、抗体(B細胞受容体)の配列をmRNAを用いて解析するBCRレパトア解析が有用であると考えました。しかし、膨大なレパトア解析データから特定の抗原に対する反応を評価する方法は明らかではありませんでした。
研究の内容
本研究では、レパトア解析を実施するにあたり、「免疫が活性化する短い期間での経時的な検体採取」と「特定の抗原に対するBCR遺伝子配列データベースの活用」を行うことで、特定の抗原に対する免疫反応をmRNAレベルで評価できることが分かりました (図1)。具体的には、mRNA SARS-CoV-2ワクチンを接種後、初期免疫が活性化すると考えられている接種2週間前後、追加免疫が活性化すると考えられている接種1週間前後で、レパトア解析を行います (図1)。ここで、レパトア解析で得られる配列情報は極めて膨大であり、レパトア解析単独では、特定の抗原に対する免疫反応を評価することは困難です。そこで、昨今のCOVID-19パンデミックを背景に、SARS-CoV-2抗体の配列などの膨大な情報が蓄積しデータベース化されていることに着眼し、これを用いて特定の抗原(スパイク蛋白)に結合することが報告されている配列(またはそれに近い配列)に着目して解析を行うことで (図1)、ワクチン接種後の反応が評価可能となりました (図2)。
この手法はmRNAレベルでワクチン後反応を解析するものであることから、抗体予防薬を投与された免疫不全患者様に対してもワクチン後反応を評価することが可能です。実際に、造血幹細胞移植後に遺伝子組み換え抗体 (チキサゲビマブ/シルガビマブ) を投与された症例は、抗体薬投与後ELISA法での評価で抗体価は極めて高値で推移しています (図3黒いライン)。このように抗体蛋白が大量に体内にある状態でも、我々の方法でワクチン接種後反応を明確に示すことができました (図3青いライン)。
今後の展開
我々は新たに開発した「特定の抗原に対する免疫反応をレパトア解析を用いて評価する方法(特許出願中)」を、“Quantification of Antigen-specific Antibody Sequence(QASAS)” 法と命名しました (図4)。本法は、抗体薬投与や感染/ワクチン接種などにより、抗体が大量に体内にある状況でも免疫反応を評価可能です。加えて、本法の利点はそれに留まらず、利用するデータベースにエピトープや中和活性の情報があれば、免疫反応したBCR配列がどのような性質の抗体を作るのか評価することも可能です (図3B)。QASAS法は従来のELISA法にはない様々な利点があり、今後開発される様々なmRNA製剤の評価にも応用可能であると考えています。
用語解説
- ※1 B細胞受容体レパトア解析
- 主要なリンパ球であるB細胞は、抗原を認識する受容体分子であるB細胞受容体(BCR)を発現しています。がんやウイルスなどの抗原がこれら受容体に結合すると、細胞は活性化され、免疫反応を開始します。多様な抗原と反応できるように、遺伝子再構成や体細胞超突然変異という機構によって、多様なBCRが創出されます。その程度は、BCRでは10の15乗におよぶと推測されています。このように、個々に異なる特異性を持ったBCRによって、特徴づけられたリンパ球のコレクションをBCRレパトアといいます。レパトア(repertoire)は、レパートリー(repertory)と同義のフランス語です。
- ※2 チキサゲビマブ/シルガビマブ
- SARS-CoV-2 による感染症及びその発症抑制を効能又は効果とした抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体。SARS-CoV-2に感染し回復した患者により提供されたB細胞に由来する2種類の長時間作用型抗体であるチキサゲビマブとシルガビマブから構成されている。
- ※3 CoV-AbDab
- CoV-AbDabはOxford Protein Informatics Group (Department of Statistics, University of Oxford) によって管理されたデータベースで、少なくとも一つのベータコロナウイルスに結合することが知られている公開抗体および特許抗体、ナノボディに関するデータを含む。
謝辞
本研究内の症例におけるCOVID-19感染状況については (未感染者であることの確認)、セルスペクト株式会社との共同研究として行われた “SARS-CoV-2に対するELISA法での評価” が用いられました。
論文情報
- タイトル
- “Response to mRNA SARS-CoV-2 vaccination evaluated by B-cell receptor repertoire after tixagevimab/cilgavimab administration”
- DOI
- 10.1111/bjh.18932
- 著者
- Yohei Funakoshi, Kimikazu Yakushijin, Goh Ohji, Takaji Matsutani, Wataru Hojo, Hironori Sakai, Sakuya Matsumoto, Marika Watanabe, Akihito Kitao, Yasuyuki Saito, Shinichiro Kawamoto, Katsuya Yamamoto, Taiji Koyama, Yoshiaki Nagatani, Shiro Kimbara, Yoshinori Imamura, Naomi Kiyota, Mitsuhiro Ito, Hironobu Minami
- 掲載誌
- British Journal of Haematology