神戸大学大学院医学研究科糖尿病?内分泌内科学部門の小川渉教授らの研究グループは、動かないと筋肉の量が減少するメカニズムを世界で初めて明らかにしました。筋肉が減少すると、運動能力が低下するだけでなく、様々な病気にかかりやすくなり、寿命の短縮にも繋がります。筋肉は動かさないと減ってしまうことは良く知られていますが、そのメカニズムは明らかではありませんでした。

今回の研究では、生きた動物の筋肉内のカルシウム濃度の変化を観察する方法を開発し、筋肉を動かさないと筋肉内のカルシウム濃度が低くなり、これが筋肉を減らす引き金になることが明らかになりました。また、この際に、Piezo1、KLF15、IL-6という3つのタンパクが順番に働くことによって、筋肉量が減ることも突き止めました。これらのタンパクに作用する薬剤を開発できれば、筋肉減少に対する治療薬になることが期待されます。

この研究成果は、米国東部標準時(夏時間)3月15日午後12時(日本時間3月16日午前1時)に米国科学雑誌「Journal of Clinical Investigation」にオンライン早期公開される予定です。

ポイント

  • 細胞内のカルシウムの濃度は通常低く保たれていますが、筋肉を動かさないと筋肉細胞の中のカルシウム濃度が一層低くなり、これが筋肉量を減らす原因になることを世界で初めて明らかにしました。
  • この際には、Piezo1、KLF15、IL-6という3つのタンパクが順番に働くことを発見しました。
  • 筋肉量が減少すると運動能力が低下するだけでなく、様々な病気にかかりやすくなります。今回の発見は、筋肉減少に対する治療薬の開発に繋がる可能性が期待されます。

研究の背景

筋肉が減少すると、運動能力が低下するだけでなく、様々な病気にかかりやすくなり、寿命の短縮にも繋がります。加齢による筋肉の減少と運動能力の低下は「サルコペニア」と呼ばれ、高齢者が増加し続ける我が国で、大きな問題となっている健康上の問題です。

運動やトレーニングによって筋肉量が増えること、逆に動かないと筋肉量が減ることは良く知られています。筋肉が減ると運動しにくくなり、運動しなくなるとさらに筋肉が減るという悪循環が生じます。また、入院や手術などによってベッドの上で安静を強いられることがきっかけとなり、このような悪循環が一気に加速することもあります。このような悪循環を断ち切ることのできる薬剤の開発が期待されています。

動かないと筋肉が減るメカニズムは良くわかっておらず、運動という筋肉を増加させる刺激がなくなるために筋肉が減少するという仮説も提唱されていました。小川教授らは今回の研究で、筋肉が動ないと細胞内のカルシウム濃度が低下し、それが筋肉を減らす引き金となることを発見しました。また、その際に重要な働きをする3つのタンパクの役割をつきとめました。

研究の内容

小川教授らは、運動神経の切断やギプス固定などによって、マウスの脚を動かないようにすると、筋肉量が減少するとともに、KLF15というタンパクが筋肉で増えることを発見しました。筋肉だけでKLF15を無くしたマウスを作ったところ、このマウスは脚を動かなくしても筋肉が減らないことがわかりました(図1)。このことは動かないとKLF15が増えることが、筋肉を減少させる原因であることを示しています。

動かないと、どのようなメカニズムでKLF15が増えるかを検討した結果、細胞内のカルシウム濃度の低下が原因であることを突き止めました。通常、どんな細胞でも細胞内のカルシウム濃度は低く保たれており、細胞に刺激が加わるとカルシウム濃度は数10倍から数100倍に上昇して、様々な細胞の反応の引き金となります。小川教授らは、非常に感度の高い生体イメージング(注1) を開発することによって、筋肉が動かないと、低く維持されている筋肉細胞内のカルシウム濃度が一層低くなることを発見し、これがKLF15を増加させ、筋量を減らす原因であることを突き止めました(図2)。細胞内のカルシウム濃度の上昇は多彩な細胞の反応の引き金になることが知られていますが、カルシウム濃度の低下によって起こる反応はほとんど知られていません。

さらに、なぜ細胞内のカルシウム濃度が低下するかを調べた結果、Piezo1というタンパクが筋肉で減ることが原因だと解りました。Piezo1は細胞の外から細胞の中へカルシウムを取り込む「窓」のような働きをするタンパクです。Piezo1は細胞に圧力が加わると開く「窓」であることが解っており、触覚にも関係(注2) しています。マウスの筋肉でPiezo1を減らしてやると、マウスが普通に動いていても、カルシウム濃度の低下や筋肉量の減少など、脚を動かなくした時と同じ変化が起こりました(図3)。

加えて、小川教授らはKLF15が増えることによりIL-6(注3) というタンパクが増えて、これが筋肉を減らす作用を持つことも突き止めました。IL-6の働きを抑える抗体をマウスに投与すると、脚を動かなくしても、筋肉が減らなくなることがわかりました。

これらの結果から、動かないと筋肉でPiezo1が減ることによって、低く保たれている細胞内カルシム濃度が一層低くなり、それによってKLF15が増えて、KLF15がIL-6を増やすことにより筋肉量を減らすというメカニズムが初めて明らかとなりました(図4)。骨折によるギプス固定によって筋肉減少をきたした患者さんの筋肉サンプルを用いた検討でも、Piezo1、KLF15、IL-6という3つのタンパクが働いている証拠が得られました。

細胞内のカルシウム濃度が低くなることが筋肉減少の原因となることも、この現象にPiezo1/KLF15/IL-6という経路が関わることも、今まで全く想定されていなかった新発見です。

動かないと筋肉が減るメカニズムは良くわかっておらず、運動という筋肉を増加させる刺激がなくなるために、筋肉が減少するという仮説も提唱されていました。今回突き止められたPiezo1/KLF15/IL-6経路は、運動による筋肉増加には直接関係しておらず、動かないと、筋肉増加刺激がなくなるだけでなく、「動かないこと」自体によって積極的に筋肉を減らすスイッチが入ることが今回の研究で明らかになりました。

今後の展開

現在、筋肉減少に対する有効な治療薬はありません。今回の研究でIL-6の抗体が筋肉減少の抑制薬として有効な可能性が明らかになりましたが、IL-6の抗体を用いた治療では免疫能を下げるという副作用が懸念されます。今後、Piezo1やKLF15に作用する薬剤を開発できれば、画期的な筋肉減少の治療薬になる可能性が期待できます。小川教授らは、既に日本医療研究開発機構(注4) の支援を受け、そのような薬剤の開発に取り掛かっています。

用語解説

(注1) 生体イメージング
生物の臓器や細胞の中で起こる様々な反応を生物が生きたたままの状態で画像的に捉える技術。今回は細胞の中を観察できる2光子顕微鏡という特殊な顕微鏡を使って、細胞の中のカルシウム濃度を画像的に捉えた。筋肉細胞でカルシウム濃度の生体イメージングに成功したのは世界で初めて。生体イメージングは名古屋大学分子細胞学和氣弘明教授、東京医科歯科大学安達貴弘准教授らとの共同研究として行われた。
(注2) 触覚にも関係
Piezo1は細胞に圧力が加わると開いて細胞内にカルシウムを取り入れる。皮膚で触覚を感知する細胞(メルケル細胞)にはPiezo1と同じ働きをするPiezo2というタンパクが存在しており、人がものを触るとその圧力でPiezo2が開いてカルシウムを取り込むことが「触った」という感覚を生む。米国のArdem Patapoutian博士はこの発見により2021年ノーベル医学生理学賞を受賞した。
(注3) IL-6
様々な炎症の制御に重要な働きをするタンパク。IL-6の働きを抑える抗体は、関節リウマチや沙龙国际娱乐_澳门金沙投注-官网肺炎の治療薬として用いられている。
(注4) 日本医療研究開発機構
医薬品や医療機器、医療技術の研究開発と成果の実用化を推進?支援するために設置された内閣府所管の国立研究開発法人。

論文情報

タイトル
A Piezo1/KLF15/IL-6 axis mediates immobilization-induced muscle atrophy
DOI
10.1172/JCI154611
著者
Yu Hirata1, Kazuhiro Nomura1, Daisuke Kato2, Yoshihisa Tachibana3, Takahiro Niikura4, Kana Uchiyama1, Tetsuya Hosooka1,5,6, Tomoaki Fukui4, Keisuke Oe4, Ryosuke Kuroda4, Yuji Hara7, Takahiro Adachi8, Koji Shibasaki9, Hiroaki Wake2 & Wataru Ogawa1*

1 神戸大学大学院医学研究科 糖尿病?内分泌内科学部門
2 名古屋大学大学院医学系研究科 分子細胞学分野
3 神戸大学大学院医学研究科 生理学分野
4 神戸大学大学院医学研究科 整形外科学
5 神戸大学大学院医学研究科 先進代謝疾患治療開発学部門
6 静岡県立大学大学院 薬食生命科学総合学府 食品栄養科学専攻 栄養生理学研究室
7 静岡県立大学薬学部 統合生理学分野
8 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 未病制御学部門
9 長崎県立大学大学院 人間健康科学研究科 細胞生化学講座
* 責任著者
掲載誌
Journal of Clinical Investigation
米国東部標準時3月15日午後12時 (日本時間3月16日午前1時)オンライン早期公開

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